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ビジュアルレビューマガジン

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「アナログ化という問題 」三木学

japanese.engadget.com

最近、海外の美術館・博物館の所蔵品のデジタルアーカイブがインターネットに公開された、というニュースをよく聞く。特にアメリカの美術館・博物館はデジタルアーカイブが進んでいるところが多い。今年になって、スミソニアン博物館の所蔵品から約4万点の画像が公開されたことも話題になった。このよう物質の所蔵品を、デジタル化して広く公開するという流れは今後ますます増えるだろう。

一方で、デジタル化がまた別の問題を孕んでいる。そもそも、美術館・博物館のデジタル化は、所蔵品を物理的な空間に来てもらわなくても閲覧させることができるし、物質的な劣化もないというメリットがある。本などに掲載するデータとしても使えるだろう。

しかし、最近は我々の個人的なアーカイブでも、物質をデジタル化する、というより、最初からデジタルになっていて物質がないというケースの方が多くなっているだろう。

2005年頃を境にデジタルカメラフィルムカメラの市場が逆転し、今やフィルムカメラはほとんど生産されていない。この間、凄い勢いでフィルムカメラの市場は縮小してしまった。ここまでの変化を誰も予想してなかっただろう。

写真愛好家なら、プロじゃなくてもすでに万の単位のデジタル画像を所有しているかもれない。しかし、ハードディスクにせよ、DVDにせよ、SDカードにせよ、それがどれくらい持つのかはわからない。媒体の変化は早く、20年も経てば読み取る機器が販売されなくなることを我々はすでに経験的に知っている。

そのような機器が販売されなくなるケースもあるだろうし、物理的な損傷でデータが破壊されることもあるだろう。クラウドに蓄積するという手もあるかもしれないがこれも確たる保証はない。それは今後、高解像度のデータを大量に管理することになる美術館・博物館にとっても同じ課題を持つことになる。下手をすれば、物質の収蔵品よりも運用にお金がかかるということもあり得るかもしれない。

結局、我々はすでに昔であれば、記録しなかったデータを、お金や物理的な制約がないために大量に持っているということなのだ。ただ、これを後世に確実に残したいのなら、紙など物質的にするのが最良の方法になるだろう。本のように複製品を作っておけば、もっと残る可能性は高い。デジタル化とは突き詰めれば、保存ではなく、公開や共有のための手段といえるだろう。

結局、我々個人にとっても、デジタル化からアナログ化の問題にフェーズは変わっているのだ。