「第三の露出 第三の色」三木学
デジタルカメラの国内出荷台数が、2001年にフィルムカメラの国内出荷台数を逆転してからすでに15年が経とうとしている。ただ、性能や解像度も含めた画質がデジタルカメラに追いつくのはまだ先だろうと思われていた。2005年当時、カメラの性能や画質もフィルムカメラを凌駕する日が近い将来くるので、そのための様々な研究をするために数人の写真家に協力を依頼したが、ほとんど相手にしてもらえなかったことを覚えている。
しかし、その日がやってくるのは思いのほか早かった。フィルムカメラを使っていた人々もほぼ100%デジタルカメラを使っている。もちろん、中判カメラや大判カメラを使っている人はフィルムカメラの場合もある。しかし、フィルムを現像するためのラボやフィルム自体の販売量も年々減少し、どこまで撮影の環境を維持できるかはわからない。かつては広告などの大量印刷のために使われていたリトグラフや木版画のように、芸術作品のためのメディアになる日はもう到来しているといってもいいかもしれない。
さて、そのデジタルカメラも現在では、初代iPhoneが発売された2007年からスマートフォン徐々にカメラの地位を奪われるようになり、コンパクトデジカメの市場のかなり割合がスマートフォンに変わってしまったといってもいいだろう。
ともあれ、フィルムカメラ、デジタルカメラと同じカメラと名前がついているが、フィルムが撮影素子になっただけではない。デジタルカメラになって、カメラには様々な機能がついており、それを使いこなすのは、フィルムカメラよりはるかに難しいかもしれない。
特にフィルムカメラとデジタルカメラの機能が異なるのは、感度だろう。感度はフィルムにおける感光スピードのことだ。だいたい感度ISO100から高感度フィルムではISO1600程度まで売られていたが、高感度になればなるほど粒子が荒れるので、一般的に使われるものではなかった。
デジタルカメラにおける感度も、電気的に増幅さるため、ノイズが出やすくなるが。しかし、同時にノイズを抑える画像処理を行っているため、かなり感度が高くてもフィルムのように荒れることはない。今やISO 51200のようなフィルムではありえない感度も実現できる。昨年、拡張ISO感度409600という、SONYのデジカメが話題になったが、今や夜中でもスナップショットが撮影することも不可能ではない。
このように感度が大幅に向上し、ノイズが気にならなくなったため、写真の表現は大きく変わってきている。今までは撮れなかった暗さでも撮影できる、ということは、必然的に写真の内容も変わってしまうし、具体的には撮影時間帯が日中よりも大幅に伸びたといってもいいだろう。写真の歴史は、その意味では感度の拡張の歴史だったといってもよい。何分もカメラの前で立たなければいけない時代と、何万倍となった現在の感度では必然的に表現が異なるのは当たり前である。
ただ、フィルムカメラとデジタルカメラに断絶があるのは、フィルムカメラのようフィルムがなくなるまでは同じ感度で撮影しなければならないわけではなく、1枚1枚自在に感度を変えられることだ。そして、オートにした場合、指数関数的に上がる感度が無段変化し最適化された感度が選択される。そのような無段変化は、絞りやシャッター速度にもいえる。マニアルにしない限りは、自動で無段変化する。
一方、フィルムカメラではまったくなかった機能に、ホワイトバランスがある。フィルムカメラは光源の色温度の違いは、デイライフィルムかタングステンフィルム、フィルターで対応していたが、デジタルカメラではホワイトバランスで操作することが可能だ。これは人間で言えば「色の恒常性」の機能に対応しており、どの色を白とするかによって他の色を調整する。デジタルカメラでは、これも1枚1枚自在に変えることが可能だ。光源の選択肢もはるかに多い。それによってできる表現の幅もかなり広がる。
デジタルカメラによって、絞り、シャッター速度という露出の根本的なパラメーターに、無段変化する感度が加わり、露光量を3次元的に考えなくてはならなくなったといえる。これを仮に、露出空間と名付けよう。X軸に絞り値、Y軸にシャッター速度、Z軸を感度にした3次元空間である。写真家が意図していようが、してなかろうが、おそらく3次元の無段変化でデジタルカメラの露出は決定されている。また、デジタルカメラは、ホワイトバランスによって新たな色を獲得している。これもデイライト、タングステンに続く第三の色といえるかもしれない。
我々は全自動化され操作が簡単になったコンパクトデジカメやスマートフォンのカメラでさえ、第三の露出、第三の色を使いながら写真を撮影しているのだ。その原理を理解し、使いこなしている人がどれだけいるかまだわからない。デジタルカメラの機能も、その表現もまだ拡張の途上にあるのだ。
※3次元露出空間を把握するためのソフトです。
写真の露出が一目でわかるソフトEVGrapher試用版 https://visionarist.stores.jp/#!/items/550ed05f2b34928cab000c66
参考文献
- 作者: ブライアン・ピーターソン,ナショナルジオグラフィック,武田正紀,関利枝子
- 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
- 発売日: 2013/02/21
- メディア: 単行本
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