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ビジュアルレビューマガジン

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「桜のモダニズムと桜色」三木学

色彩

 

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www.yoshinoyama-sakura.jp

そろそろ桜が満開である、というニュースが流れる季節になった。我々が見ている美しい桜は、江戸時代に園芸職人が住んでいた染井村で江戸末期から明治初期にかけて生まれた「染井吉野」という園芸種である。そのことはかなり知られてきていると思う。「吉野」は当然、桜が有名な奈良県の吉野からとられたもので、最初は「吉野桜」と名付けられていたらしいが、吉野の桜と混同される可能性があるので「染井吉野」に改名された。

 

その可憐で爽快な容姿のため、染井吉野は明治時代中期から日本全国に盛んに植えられたた。そのため、今では全国で圧倒的多い桜であり、桜の代名詞的になってしまった。その染井吉野は、クローン種で接木や挿木から生まれているということを知る人も多いだろう。だから、全国一斉にある一定の温度で咲き、暖かい沖縄から九州、四国、本州、北海道というように駆け上がり、その様は桜前線と言われる。梅雨前線のように、気象庁が満開を報告するのも、それが気象と密接であるからに他ならない。

 

染井吉野が約60年で枯れてしまう、という説もある。まるでコンクリートの耐久年数である。それは嘘でクローン種のため同じ病気に一斉にかかったり、街路沿いに植えられるケースが多いため、踏み固められて、土の養分がなくなってバタバタと倒れるという現象が起こるようだ。

 

本場、吉野山の桜は、染井吉野のような園芸種ではなく、野生の山桜、シロヤマザクラである。山桜はクローンではないため、それぞれ個体差があり、染井吉野のように一瞬で咲き、散っていくということはない。吉野山では山の麓から中腹、頂上、奥にかけて、下千本、中千本、上千本、奥千本と呼ばれ、4月の上旬から下旬にかけて徐々に咲いていく様子を見ることができる。

 

しかし、そもそも観賞用の桜ではない。山岳信仰修験道の祖である、役小角大峰山系で修業し感得した蔵王権現を山桜の木で彫って、山上ヶ岳と吉野山に祀った。吉野山の桜は、役小角山岳信仰の人々が、本尊が彫られた山桜を、仏の宿る神聖な木として、献木したことに由来する。

 

そういう意味で、染井吉野は観賞用のモダニズムの桜であり、吉野山の山桜は近代以前の桜であるといっていいだろう。明治以降に育まれた桜の文学や音楽などの芸能、桜に託す思いが実は、染井吉野をイメージしたものであり、それほど歴史があるものではないことは覚えておいた方がいいだろう。桜色という色も、本来は染井吉野ではばなく、淡い山桜の色を表している。いつの間にか桜色もやや艶やかな染井吉野色になってしまったといえるだろう。

 ※桜色についてはもう少し調査をします。

 参考文献

 

桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅 (岩波新書)

桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅 (岩波新書)