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ビジュアルレビューマガジン

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「色彩感覚と経験」三木学

色彩

産総研:乳幼児期の視覚体験がその後の色彩感覚に決定的な影響を与える

1枚のドレスの配色が、人によって「白と金」、「黒と青」に見えることは、人間の脳が光源の影響を自動的に補正する「色の恒常性」の機能によることが多くの人々に知られることになった。

 

しかし、「色の恒常性」というのは、先天的に身についているものではないことが、がサルの実験からわかっている。実験では、乳幼児期に単色光だけを見せて育てると、光源が変わったときに、「色の恒常性」が働かず、物体の色が毎回違う色に見えてしまう。つまり、物体の固有色を同定できなくなってしまう。

 

色は網膜の段階で決定されるのではなく、「網膜から大脳皮質に至る神経結合の連鎖」によって初めて知覚される。しかし、そのような色を生み出すの脳の働きも、乳幼時期における経験によって獲得されていることになる。

 

だから、「白と金」か「黒と青」かで、錯覚することは物体の固有色を同定するための「色の恒常性」を獲得している証明に他ならない。そのような色の補正によって錯覚するということではなく、同じ物体色が毎回、違う色に見えるということになると、常に光源情報を受けた色を認識していることになり、「色の恒常性」が働いてないことになる。

 

「色の恒常性」のような色彩感覚が後天的だとすると、もっと繊細な文化ごとの色彩感覚の違いも経験的なものだといえるだろう。それは言語の習得に近いのかもしれないが、言語よりももっと深い知覚の位置しているだろう。

 

移動によって色彩感覚が変わることは、すでに新印象派や、ポスト印象派などによって証明されている。色彩学者の佐藤邦夫は、以下のように述べている。

ゴッホの場合には、地域的な移動によって、急速な色覚の拡大変化を断行した極めて稀な例である。オランダ時代(北緯52度ライン)のゴッホは、低輝度順応眼を思わせる「ヤニ色」の色調の絵を描いていたのだが、南仏のアルル(北緯44度ライン)に移り住んでからは「高輝度の黄色と青紫」の色調に一変してしまうのである。これは、日本でいえば、「道東エリア」生まれの画家が、「南日本エリア」へやってきて、絵を描くのに等しい大移動である。もちろん、ゴッホの場合は、パリで印象派の色彩革命の洗練を受けて、自ら意識的な色覚拡大の努力を積んだことには間違いないが、オランダの自然光と南仏の自然光を考えてみた場合、「高輝度順応」によるまぶしさによる克服だけでも驚くべきことである」

風土色と嗜好色―色彩計画の条件と方法 p.144

ゴッホのように、後天的な環境変化や努力で、どの程度異なる色彩感覚が得られるのかはわからない。それは、アーティストやデザイナー、建築家など、あらゆる色彩に関する人々にとって重要な課題だろう。

 

関連サイト

www.nikkei.com

 

参考文献

 

風土色と嗜好色―色彩計画の条件と方法

風土色と嗜好色―色彩計画の条件と方法

 

 

 

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

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