shadowtimesβ

ビジュアルレビューマガジン

スポンサーリンク

「写真と色の記憶」三木学

印象派印象派、ポスト印象派に多大な影響を与えた、化学者であるシュブルールは色彩の同時対比が絵画に及ぼす影響についても言及している。絵画を長時間かけて描くことによる色の刺激が、画面を異なる色に錯覚させてしまう。

「第一印象とは、言葉をかえれば、画家の視力が過度の緊張や疲労を起こすほど時間をかけずに、モデルの色の見えから迅速に確実に感受する知覚である。これを忠実になし遂げた配色表現に満足できたら、あまり色補正を重視すべきではない。これをやり過ぎると、カンバスに最初にと塗った場所の色彩を消したり汚したりして、モデルの生き生きした姿を描写し損なってしまう。この失敗は、最後に塗り重ねるひとタッチをもってしても挽回することができない。」

シュブルール 色彩の調和と配色のすべて p.153

 

この本が書かれた当時は、写真の発明と同時期であり、普及はしてなかった。また、カラー写真が発明するまでには至っていない。一瞬で撮影する写真ならそのような継続的な色の刺激による錯覚は起こらない。つまり、第一印象を捉えることができるメディアが写真であるといえる。それまでは第一印象を定着させるのは困難であった。ただ、写真のレタッチを長時間続けたとしたら、同じような問題は起こるだろう。もしシュブルールが生きていたら、カラー写真の配色効果についてきっと分析したに違いない。

 

しかしもう一つの問題として、人間には、一度見た色を再現しよう試みる「色記憶」がある。時間を経て色再現をすると実際の色とズレが起こることがわかっている。人間は実際の色よりも、「らしい」色を記憶している。概ね強調して記憶しており、特に彩度が高くなり、11色の基本色に寄る傾向がある。また、「記憶色」という物体色の記憶についても、実際よりもたいてい彩度が高く明度が低く記憶していることがわかっている。

 

だから、写真の絵作りはそのよう人間の色の記憶に合わせて、らしい色に画像を処理している。つまり、写真の色は最初から記憶の色だということもできる。それにレタッチを加えると、さらに記憶の色は増幅されるだろう。

 

スナップ写真のような瞬間の状況で、どの程度色を知覚しているかは、まだ解明されていない。だから、第一印象ともいえる風景の認識と、色の知覚の関係も不明だ。また写真がメーカー別に記憶色に合わせて画像処理がされているため、色の再現性が正確ということではない。恣意的な画像処理をなくした、色再現を目的にしたカメラもあるが、一般の人でも、プロの写真家でも使う機会はほぼないだろう。二つのカメラで比較すると、人間の恣意性がどの程度かも見えてくるかもしれない。

 

写真に関してもて第一印象に合わせようとすればするほど、色の再現性は失われていく可能性がある。我々は写真という一件、写実的な道具を使っていると思いながら、結局のところ「らしさ」や記憶の中の色を見つめているのだ。

 

参考文献

 

シュブルール 色彩の調和と配色のすべて

シュブルール 色彩の調和と配色のすべて

 

 

徹底図解 色のしくみ―初期の光学理論から色彩心理学・民族の色彩まで (カラー版徹底図解)

徹底図解 色のしくみ―初期の光学理論から色彩心理学・民族の色彩まで (カラー版徹底図解)