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琳派の継承者―田中一光展「美の軌跡」三木学

www.pref.nara.jp

今年は「琳派400年記念祭」が京都を中心に大々的に行われいる。もちろん、ご存知の方も多いと思うが、琳派は狩野派のような、世襲や工房システムによる派閥ではなく、いわゆる私淑(間接的に先人を慕い学ぶこと)によって、精神性や様式が継承されている。

琳派400年記念祭

 

 

琳派が正式名称となったのも20世紀になってから、光琳派という呼び方が登場し、それを略した琳派が1970年代になって定着した。当然、琳派に始まりはなく、歴史的に作らた派閥といってもよい。とはいえ、「琳派的なるもの」の影響は、命名されることによって、事後的に歴史的意味合いは強くなっているといえる。

 

今年が琳派400年記念というのは、創始者である本阿弥光悦が、「元和元年(1615)に徳川家康から鷹峯の地を拝領した」という事実を、一応の区切りとし、それから400年経ったということを根拠としている。

 

一応、第一期の本阿弥光悦、俵屋宗達、第二期の尾形光琳、尾形乾山、第三期の酒井抱一、鈴木 其一については、それぞれ100年経ているが、明確な線が描けるだろう。その100年後の20世紀初頭となると、神坂雪佳などが挙げられるが、一応、三期までが「琳派」と呼べる流れだろう。

 

そして、現在となると、実に様々な影響をアート・デザイン分野に与えているので、今日、活躍している人で、「琳派ではない」とする方が難しいかもしれない。とはいえ、色濃く琳派の影響を受けている人は挙げられる。

 

中でもその筆頭は、グラフィック・デザイナーの田中一光だろう。すでに田中は亡くなっているが、田中ほど琳派を評価し、そしてグラフィックデザインの世界で琳派を体現した人はいない。

 

田中は、日本美は琳派であると述べ、「琳派はその美を誇示しないところがいい。どこまでも典雅に、そのやさしい懐の中に滑り込みたくなるようなぬくもりを感じる。かたちは丸くふくよかで、つねに弧を描くような円形のふくらみをもち、その造形は少しも痩せることはない」と述べている。

 

フォルムだけではなく、色彩や文字の使い方、当時で言えば、日本のデザインの元祖とでもいえる琳派のエッセンスをくまなく吸収したのは、田中だと言っても過言ではないだろう。

 

1986年には、俵屋宗達が描いた「平家納経」の表紙をそのまま真似た鹿をモチーフにしたポスター「JAPAN」を制作している。もちろん、田中の幅広い活動がすべて琳派の影響というわけではないが、もし琳派の人々が今日に生きていたら、と考えると、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、ファッションなど、デザインの世界で活躍しただろうことは容易に類推できる。田中はその直線上に歩いてきた人だといえるだろう。

 

残念ながら田中が、琳派400年記念を祝うことはできなかったが、田中や戦後のグラフィックデザインを再評価するよいきっかけになるだろう。

 

参考文献

 

かわいい琳派

かわいい琳派

 

 

 

琳派のデザイン学 (NHKブックス No.1202)

琳派のデザイン学 (NHKブックス No.1202)