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ビジュアルレビューマガジン

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影を残したアーティスト―高松次郎「制作の軌跡」@国立国際美術館三木学

展評 アート

 

 

高松次郎 制作の軌跡

高松次郎 制作の軌跡

 

 久しぶりに濃密な「現代美術」を見た。「現代美術」と書いたのは、最近では現代アートもしくはアートが一般的な表記で、「現代美術」とはすっかり言わなくなったからである。「前衛芸術」と言われた時期もあったかもしれない。ともかくも、グローバリズムの影響か、「現代美術」がすっかり市民権を得たのか、アートとしてなんとなく芸術にそれほど詳しくない人々にまで認知されるようになった。

 

 

高松次郎と言っても、一般的にはほとんど知られていないだろう。しかし、少し前の美大生、芸大生にとれば、レジェンドである。そのレジェンドを作り出したのは、他でもない赤瀬川原平であり、彼の著した『東京ミキサー計画』や『反芸術アンパン』によって、何年もかけて増幅されてきた。

 

赤瀬川原平の筆力と画力の高さは、ほとんど記録の残っていない当時の前衛芸術の半ば「正史」あるいは「教典」のようになり、若い美大生を虜にしてきた。その赤瀬川原平と中西夏之と一緒に組んでいた前衛芸術グループが、ハイレッドセンターであり、それぞの苗字の頭文字からつけられた。

 

しかし、ハイレッドセンターが活動していたのは60年代半ばまでであり、反芸術アンパンの舞台となった、読売アンデパンダン展(読売アンパン)も、1963年を最後に終了しているので、その後の活動の方がはるかに長い。しかし、今なおハイレッドセンターが伝説的に語れるのは、やはり「記述」の力そのものだろう。

 

ともかくも、ハイレッドセンター以外の高松次郎の活動の軌跡を、初期から順番に網羅的に見れる本展覧会は、彼の思考と制作活動の反復運動をなぞっていくことができる貴重なものであった。

 

テーマが次のテーマを呼び、多面的に展開していく高松次郎の創作能力には改めて驚かされた。例えば、錯覚や錯視を扱った騙し絵やオプ・アートのような作品は、当時の世界の潮流からいっても同時期だと言ってもよいし、ヴァザルリやブリジット・ライリーとは異なる試みも多数見られた。

 

初期から晩年にわたり、平面と立体、光と影、点と線、単体と複合体といった次元の変わり目に注目し、人間の知覚の間にある「何か」を追い求めていたことがわかる。物質としては「ない」が認識としては「ある」もの。当時、流行していた現象学の影響はあるかもしれないが、彼が追い求めていたものは、非存在でありながら存在するものであることは間違いなさそうだ。

 

小難しく思えるかもしれないが、そこは洗練された技術によって、見るものを魅了する力がある。今日のアーティストは、過剰に意味を求め、強いメッセージを放ちたいものの、表現の技術が追いつかず、単純化されたものになっているケースが多いように思えるが、高松次郎の場合は、思考と制作を繰り返しながら、確固たる技術を習得していっていることがわかる。その部分は大いに見習うべきだろう。

 

万国博美術館の跡に作られた元国立国際美術館や、中之島に移転した現国立国際美術館に行ったことのあるものならば、半円の壁に描かれた巨大な影の作品を見たことがあるだろう。影もまた高松が追い続けていたテーマである。

 

影は実在に付随するものであるが、影だけを取り出した時、実在はどこへいくのか?おそらく人間の認識の中にゴーストとして残るだろう。高松次郎はすでに不在であるが、不在をテーマにした高松の存在がはっきりと認識できる展覧会であったといえるだろう。

 

参考文献

 

東京ミキサー計画:ハイレッド・センター直接行動の記録 (ちくま文庫)

東京ミキサー計画:ハイレッド・センター直接行動の記録 (ちくま文庫)

 

 

反芸術アンパン (ちくま文庫)

反芸術アンパン (ちくま文庫)