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ビジュアルレビューマガジン

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萌え、侘び・寂び、粋「五輪エンブレムと五輪招致エンブレムに見る美意識」三木学

東京五輪エンブレムは、その内容から盗作問題へと移行して、本質的な議論ができなくなっているが、評判の良かった五輪招致エンブレムと比較して、そこに含まれる日本の美意識について色彩的な観点から考察したい。

 地味、保守的といわれる東京五輪エンブレムと、対照的に華やかだといわれている五輪招致エンブレムのように対極的なデザインがなぜ出てくるのだろうか?おそらく、それは日本の美意識の根底にある二つの価値観に由来していると思われる。

一つは「侘び・寂び」である。「侘び・寂び」は、禅などの影響を受け、武家社会に浸透した価値観であるが、侘しい、寂しいとは、粗末で枯れたという意味であり、つまり老衰の美であるといえる。

もう一つは「萌え」である。「萌え」は、近年では主にアニメや漫画などのサブカルチャーの用語として使われているが、万葉の時代からその概念はある。もともとは「草木が芽吹く様」であり、転じて未成熟なものが芽吹いていく美だといえるだろう。
つまり、日本の美は、大きく未成熟なものを愛でる美と、成熟後に枯れたものを愛でる美の二つがあり、成熟の美を避けるという特徴がある。平安王朝の美学である雅や、江戸時代の町人の美学である粋もあるが、大きくは未成熟と成熟後、幼さの残る華やかさと、渋みや地味さに還元されるといえる。

五輪エンブレムと五輪招致エンブレムに現われた日本における美意識を色彩分析を通して少しでも明らかにしたい。

五輪招致エンブレム

news.mynavi.jp

まずは、五輪招致エンブレムである。色彩要素を色立体で見てみよう。


 

f:id:shadowtimes:20150804131535p:plainマンセル表色系の色相・彩度図にプロットしてみると、赤(7.5R)、黄色(0.4Y)、緑(1.3G)、青(0.8PB)、紫(4.1P)が全体的に広がっているのがわかる。彩度もすべて高いので、かなり華やかに見えるだろう。

マンセル記号では、色相は赤(R)、黄色(Y)、緑(G)、青(B)、紫(P)の5原色を中心に、その中間色相の黄赤(YR)、黄緑(YG)、青緑(BG)、青紫(PB)、赤紫(RP)の10基本色相を10分割して合計100色相で表示している。5が各色相の中心値になる。ただ、小数点で表記するとさらに細かく分類できる。

 

五輪招致エンブレムでは、赤と黄色、青と紫がやや近く、赤と紫、緑と青がはなれているのが特徴といえるかもしれない。

赤と黄色はややオレンジによっている。緑も黄緑によっていることがわかる。青は青紫によっているが、紫は原色に近い。ただし、マンセル記号の5は人間がその色らしさを感じる場所とややずれていることがわかっている。例えば、青らしく感じる色は、マンセル記号では、青紫よりの青である。

どちらにせよ、5色が単純に原色から選ばれたわけではなく、華やかに見えるように色相を微調整していると思われる。

明度・彩度図を見てみよう。

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赤が突出して彩度が高いものの、全体的な彩度は近いところにあり、トーン(明度・彩度による印象)はまとまってみえると思う。同じトーンでも、暖色は明度・彩度が高く、寒色は明度・彩度が低いので、明度にやや幅があるのは許容範囲内だろう。

厳密にいうと、

赤と緑は「あざやかな(vivid)」トーン。
黄色は「つよい(storong)」トーン。

青は「明るい「light)」トーン。

紫は「こい(deep)」トーン。

になっている。これらのトーンはすべて近接しているので、多色相による類似トーン配色といえるが、青の明度を上げているのと、黄色の彩度を下げていることにより、全体に華やかでありながら、派手ではない印象を出すのに成功しているといえる。

 

次に、各色からどのような日本の慣用色名が抽出できるか見てみよう。

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残念ながら、赤と緑は彩度が高すぎて該当する色名はみあたらない。黄色は鬱金色、山吹色んどが抽出されているように、やや赤みの黄色である。青はシアン、セルリアンブルー、露草色が抽出されているが、色相でいえば、露草色が一番近い。彩度の高さでいえば、シアンの方が近いということになる。

問題の紫であるが、菖蒲色(しょうぶいろ)と菫色が抽出されており、「江戸紫」を配色したということだが、ここでは抽出されていない。ただし、これもエンブレムの配色の彩度が高いから、彩度が低い江戸紫が抽出されなかったのだろう。

興味深いのは、桜のリースをモチーフにしているにもかかわらず、桜色、ピンクなどを使ってないことである。桜色とは「ごくうすい紫みの赤」であり、ピンクとは「やわらかい赤」である。桜色は赤紫に近く、高明度・低彩度で、ピンクは若干、黄赤よりだがほぼ原色の赤に近く、高明度・中彩度なので厳密に言えば結構色は違う。

とはいえ、赤紫から赤にかけての高明度の色であれば、桜やピンクと認識できる。黒を「江戸紫」に変えた5色にしたということだが、赤か黒を桜色にするという選択肢もあったはずである。

そこをあえて「江戸紫」にし、桜そのものの色を使わなかったところが、より華やかさが増している上に、全体のバランスをよくしている原因でもあるだろう。桜色を加えると、一色だけパステルトーンになってしまう。萌えとはカワイイと似た要素があり、伝統的には淡い色になる。

しかし、典型的な可愛く淡い色を使わなかったところに、配色の工夫が見られる。単なる萌えに還元されない配色だといえる。

 

五輪エンブレム

tokyo2020.jp

次に五輪エンブレムを色立体で見てみよう。

 

f:id:shadowtimes:20150804141041p:plain

マンセル表色系の色相・彩度図でみると、赤と黄土色以外は、白、黒、灰色の無彩色なので、中心軸に隠れてしまっている。逆に赤は強烈に彩度が高い。赤(7.9R)なので、ややオレンジよりの赤(黄みの赤)ということになる。驚くことに、この赤は、五輪招致エンブレムの赤とほぼ同じ色である。意図しているのかしてないのかはわからない。

ただ、五輪招致エンブレムの赤よりもさらに彩度が高い。それだけ無彩色との差異は強い対比になっているだろう。

 

明度・彩度図を見てみよう。

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黄土色はほぼ黄色の色相と同じであるが、やや明度・彩度が低くくすんだ色になっている。金色を表したかったのだと思うが、デジタルカラーや印刷の色では、1色で金色を出すのは不可能である。これ以上、明度・彩度を上げてしまえば、黄色になってしまうので、金属的な印象を失はないギリギリの範囲で収めたと思われる。
一方、銀色を意図しているであろう灰色は、かなり明度が高めの明るい灰色である。これも銀は1色で表すのは無理なので、金属的な印象を失わない範囲で明度を高く設定したと思われる。
黒も実は真っ黒ではない。やや明度の高い黒である。そこも全体のバランスをみて工夫したのではないだろうか。ただ、ダイバーシティ(多様性)を表現するのに黒を使用したというのは色彩的にはかなり苦しい。100人中100人がそうは読み取ってくれない。
減法混色では、色が混ざることで黒になっていくので、各個性が溶け合うことで、無個性になると捉えられる方が自然だ。レインボーフラッグでもそうであるが、多様性を表現するにはベタかもしれないが虹色を使うのが一般的な共通認識である。そういう意味では、五輪招致エンブレムの方が、多様性は感じられるだろう。

 

以上をふまえると、基本的には無彩色と赤の対比的な配色であるといえる。黄土色と灰色は、金メダルと銀メダルを意図していると思われる。もちろん、金箔や銀箔などの伝統工芸も重ねているかもしれない。赤は当然日の丸だろう。心臓とは想像してくれないと思う。

一方、白と黒の意味はよくわからない。黒は漆器や墨、ということはいえるかもしれないが、多様性は誰も感じないだろう。例えば、中央だけ筆跡を残すなど、もう少し墨と分かるように使えば、墨に無限の色を見出すというロジックは通用したかもしれない。

どちらにせよ、配色の考え方は、非常に記号的だと思われる。

次に、各色からどのような日本の慣用色名が抽出できるか見てみよう。

f:id:shadowtimes:20150804143608p:plain

白と黒は当然抽出される。銀色は銀鼠、シルバーグレイとなっているところは意図したとおりかもしれない。五輪招致エンブレムの「江戸紫」と同じように、「銀鼠」といっておいた方がよかったかもしれない。なんといっても、江戸時代は、「四十八茶百鼠」と言われるくらい鼠色と、茶色のバリエーションは豊富だった。もちろん、そこには奢侈禁止令(しゃしきんしれい)が出ることで、表向きは派手な服を着れなかっため、地味な色のバリエーションが増えたという理由がある。

江戸の粋の精神は、そのように贅沢が表向き禁止されていながら、裏地は派手にしたりするなど、隠れたお洒落、反骨心なども含まれる。そういう意味では、表を地味に、裏を派手にするという、侘び・寂びに工夫を重ねた、両義性のある美学だともいえる。

五輪エンブレムは、そのあたりのコンセプトを日本の美学に合うよう明確にすべきだったかもしれない。基本的には侘び・寂び的に見えるが、粋に通じるデザインとして工夫することはもっとできたように思える。亀倉雄策が参考にした文様などとの関係性ももっとクリアにしても良かっただろう。

もっと大事なのは、今日の東京がどのような美意識があり、それをエンブレムに表現できるかがだったと思うが、皆さんはどのように感じるだろうか?

 

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参考文献

 

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅