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五輪エンブレムの説明は充分であったか?「東京オリンピックとデザインの行方(3)」三木学

デザイン 東京五輪

www.itmedia.co.jp

本日、大会組織委員会と東京五輪エンブレムをデザインしたアートディレクター・デザイナーの佐野研二郎氏が、記者会見を開いた。先日からベルギーのリエージュ劇場のロゴデザインを行ったベルギー在住のデザイナー、オリビエ・ドビ氏より盗用を指摘され、使用差し止めの書簡がIOCに届き、大会組織委員会に転送されていた。

佐野研二郎氏は、ベルギーのリエージュ劇場のデザインは見たことがなく、盗用は事実無根であると述べた上で、東京五輪エンブレムの設計思想について解説した。まとめると以下のようになる。


1、Tは欧文書体のDidot、Bodoniから発想。
2、亀倉雄策が1964年に制作した東京五輪エンブレムに使用した日の丸を意識して中央が真円になるように修正をした。
3、画面を9分割しすべての要素がグリッドに収まるようにした。
4、中央に円があることが分かるように、右下にも灰色の半円を配置した。
5、赤丸を右上に持ってくることで、日の丸のデザインを引き継いだ。同時に、心臓の位置にもなるので鼓動を表せると考えた。
6、中央の帯の黒は、下部にある五輪の黒、右上の赤丸は五輪の赤に対応しており、グリッドを伸ばすと当てはまるようになっている。
7、パラリンピックのデザインとセットで要望されていたので、円の黒と白を反転して対になるようにした。
7、デザインの条件として、ウェブ、映像、グッズなど、デザインの拡張性、展開性が求められていた。9分割された各要素から、26文字のアルファベットや数字などを作ることができる。

 

概ね以上のような解説であった。

クライアント以外で、一般の人々が、著名なデザイナーからここまで丁寧なデザインの解説を受けることはほとんどないだろう。今回、盗用疑惑が浮上したため、ベルギーのリエージュ劇場のデザインとの差異を明確に示すためにも、設計思想に遡ってデザインを解説することになった。極めて珍しい事例になったと思う。

 

前回、五輪招致エンブレムと五輪エンブレムを、色彩的観点から分析した上で指摘したが、以上の解説から考えても黒が「すべての色が集まること生まれる」ダイバーシティ、赤が「原動力となるひとりひとりの赤いハートの鼓動」というコンセプト文はやや後付けである印象であった。特に黒をダイバーシティの色とするのはかなり無理があるので、下部の五輪マークと連動性を持たせたということで腑に落ちた。やはり図形的な志向の強いデザイナーであるのだろう。

 

TがTOKYO、TEAM、TOMRROWというのもやや強引に思える。TOKYOのT以上ものをエンブレムから読み取るのは難しい。パラリンピックのエンブレムがイコールを表すというのも読み取るのもほぼ無理だろう。

 

ただ、9分割したグリッドの各要素を分解、再構成してデザインができることや、五輪マークとの連動性、パラリンピックのエンブレムと対にするために黒白を反転させたことなど、論理的にデザインを考えた帰結として、現在の形になったことはよく理解できた。読み取れないことを下手にコンセプト文に入れない方が良かったと思うが、このような機会がなければ永遠にその謎を理解できなかっただろう。

 

さて、問題は今回の解説で、一般の人々がベルギーのリエージュ劇場のデザインと差異が明確になったか?納得がえられたか?ということだろう。結局は、多くの国民が納得するかどうかが問題であり、デザイナーは理解してもらえるよう説明を尽くすしかない。

 

本来デザイナーは、デザインの設計思想をここまでオープンにしたりしない。今回、佐野研二郎氏はかなり踏み込んだ解説を行ったといえる。それだけ、盗用疑惑の声を払拭する必要に迫られていたともいえる。記者会見や詳細な解説のコメントが遅れたのは残念であった。もう少し早ければ少しは疑惑の広がりを防げたかもしれない。

 

これは佐野研二郎氏の責任ではないが、やはり選ばれるまでに公開のプロセスを採用すべきだっただろうし、類似著作物が出たときのこともふまえて、ある程度の設計思想は明らかにしておくべきだったかもしれない。

 

気になったのは、佐野健二郎氏が解説しても、リエージュ劇場のデザインとの類似について払拭できず、記者から何度も同じ質問が繰り返されたことである。デザインを少しでもかじった人間ならば、デザインの設計思想も、結果も違うことが認識できるが、それは専門家が感じられる差異であって、その認識の差を埋めるは難しい。


デザインとは、デザイナーだけのものではない。あくまでクライアントとの合意形成の結果でなければならない。今回は国民や全世界の人々のものであり、デザインを考える上で、デザイナーと国民との理解の差を浮き上がらせる貴重な機会になったといえる。

 

今後は、国民的イベントのデザインは、そのような現状をふまえてデザインしなければならないし、審査はできるだけ公開性を持ち、民主的に選ばれる必要性がより明確になったといえるだろう。

 

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