黒は好かれているのか、嫌われているのか?「黒のイメージ」三木学
色彩の嗜好調査の歴史は結構長い。20世紀初頭から色彩嗜好調査はあるようだが、統計的に分析されるようになったのは戦後のことである。
ある程度、普遍的に好まれる色もあるが、大きく変化する色もある。特に青と赤は、国際的に好まれる色だといえる。黒は日本は嗜好色の上位ではなかったが徐々に好まれるようになった。それは80年代を境としているので、コム・デ・ギャルソンやヨージヤマモトの影響も大きいかもしれないし、日本人の好みの変化と相互に関係しているのかもしれない。
世界的に知られている日本の黒といえば、漆器の黒である。だから、「漆黒」といったりする。すでに17世紀から日本の漆器も大量にヨーロッパに渡ったので、漆黒への強い憧れがあった。日本の漆黒を人工塗料で再現しようと試みられ、ピアノなどに塗られた。西洋楽器の一つの到達点に最後の色どりをしたのは、極東の日本の漆器の黒だったというわけである。
ヨーロッパでは、第一次世界大戦前はまだまだ堅苦しい格好をしていた女性も、戦争が始まると工場や公共施設で働くことになり、長い髪はショートカットに、重く長いスカートは膝下丈の短いスカートと絹のストッキングを着て、きりっとした化粧をするようになった。
それらは、当時ベストセラーになったヴィクトル・マグリッドが著した、『ラ・ギャルソンヌ』のヒロインにちなんで、ギャルソンヌ・ルックと言われるようになった。
その後、1920年代、アール・デコの時代に席巻したココ・シャネルは、黒のイメージを一新させた。喪服の印象が強かった黒を、お洒落な色にしたのはシャネルの功績だといえるかもしれない。それは、80年代のコム・デ・ギャルソンなどにも影響を与えているだろう。
ただ、それでもパブリックなシンボルとして黒を使う場合は、注意が必要だろう。「黒は通常、最も嫌われやすい色の1つである」と、アメリカのカラリスト、フェイバー・ビレンが指摘しているように、嫌悪している人も多い。撤回された五輪エンブレムが喪章のようだと言われて嫌悪されたのも、未だに黒にネガティブな連想をする人が多いことの現われだろう。
形が似ている、似ていないということもさることながら、黒を嫌悪する印象を持つ人が多いということも重要なことだろう。人間の印象は、形よりも色の方が強く、生理的な次元で反応する。
日本でもファッションに黒を好む人は多くなっているが、企業のロゴマークなどでは黒が極端に少ないことでもそれは明らかだろう。残念ながら、色彩設計に関しては、日本のデザイナーで上手い人はとても少ない(逆に質感に関しては突出した能力を持っているので、世界と戦うときに色ではなく、素材や質感で勝負する人が多い)。
西洋的なモダンデザインの技法は、多くの日本人デザイナーがマスターしているが、配色に関しては、西欧人のように微妙な中間色を絶妙にバランスをとって配色をすることができないことがほとんである。
形の視覚言語はマスターしたが、色の視覚言語は、感覚的であり無意識的であるがゆえに、習熟できてないというのが実態だといえる。形が似ているかどうかだけが注目されていたが、嗜好がはっきり分かれる黒を使い、感覚的な次元ではなく、記号的に赤と、金の替わり黄土色を、銀の替わりに灰色を使っていたことも重要な点だろう。実は、色を使うことの難しさが、今回のエンブレム騒動の一因にあるということを忘れてはならいだろう。
参考文献
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+designing volume 02 特集:色。 (MYCOMムック)
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- メディア: ムック
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