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「サプール」出版の反響とインサイドストーリー『SAPEURS - Gentlemen of Bacongo』三木学

書評 ファッション 色彩

 

SAPEURS  - Gentlemen of Bacongo

SAPEURS - Gentlemen of Bacongo

 

 

昨日、青幻舎の安田洋子さんとお話する機会があり、今話題の『SAPEURS(サプール)』日本版発刊の経緯を聞くことができた。すでに「サプール」をよくご存知の方も多いだろうが、念のため解説しておこう。

 

「サプール(SAPEURS)」はLa Société des ambianceurs et des personnes élégantesbの頭文字、SAPE(サップ)からきており、「おしゃれで優雅な紳士協会」などと訳されている。コンゴ共和国の首都郊外バコンゴ地区を中心に、平日は低賃金で働きながら、週末にはエレガントに高級スーツを着こなして、街を練り歩き、人々の尊敬と羨望を集める集団がいる。彼らはサップを体現する人々「サプール(SAPEURS)」と呼ばれている。

 

このアフリカの赤道直下の国、コンゴ共和国の驚くべき文化が、今、日本で大注目されている理由は、2014年12月4日、NHKの番組『地球イチバン』で、お笑い芸人のダイノジ大地洋輔がレポートしたことがきっかけだ。

NHK 地球イチバン

 

19世紀から1960年までフランス領だったコンゴは、宗主国であるフランスに移民が多く流れる。彼らはフランス人のエレガントな振る舞いとファッションに魅せられた。独立後の70年代~80年代にコンゴからフランスに渡った移民も、フランス流のエレガンスに憧れを抱き、コンゴに戻ってきた。その憧れを原動力に独自の文化「サプール」を生み出す。

 

しかし、90年代に内戦があり、サプールも一時期活動ができなくなった。現在は再び復活し、武器を持たず、ファッションで魅せる紳士として誇りを持っているのだ。今やサプールは平和の象徴としての役割も担っている。

 

番組を見た人々は、舗装もされてない道路、決して豊かとは言えない街並みと、高級スーツを着て闊歩するサプールたちのコントラストに驚き、同時に、低所得ながら給料の大半をファッションにつぎ込み、気高い精神を持ちながら色鮮やかでお洒落なセンスをしたサプールの文化に魅了された。そして、番組放送中からツイッターやフェイスブックなどがいっきに賑わう。僕もごたぶんに漏れず、サプールがいかに素晴らしいか、自身のフェイスブックに投稿した。

 

その直後から、出版業界でも別の動きが始まっていた。アマゾンでは、サプールが注目される火付け役にもなったイタリア人フォトグラファー、ダニエール・タマーニが2009年にイギリスの出版社TOROLLEY BOOKから出した写真集『Gentlemen of Bacongo』が、2万円程度にいっきに高騰していた。(※今は4万円を超えている)

Gentlemen of Bacongo

Gentlemen of Bacongo

 

 

同時に、日本版の写真集を出すために、複数の日本の出版社から依頼されたエージェンシーの交渉合戦が開始される。たまたま、僕のフェイスブック(非公開です)を見た青幻舎の安田さんもサプールに感動し、社内からもアプローチすべきという声が上がっていたという。

 

運のいいことに、安田さんはロンドンに短期留学中で、エージェンシーを使わず直接交渉が可能だった。もちろん、青幻舎がユニークで完成度の高い美術書を送り出す出版社とし世界的に知られていることも功を奏した。そして、日本版の権利を獲得することになる。

 

日本版の写真集『SAPEURS - Gentlemen of Bacongo』(青幻舎)は、予約段階から注文が殺到した。発売1カ月前の時点ですでに、アマゾンのランキングは部門1位になっていた。満を持し発売された6月以降も各種メディアがこぞって取り上げることになる。そして、まだサプール・ムーブメントの渦中にいる。現在、三刷になっているようだが、まだその勢いは止まりそうにない。

 

安田さんに聞くと、ここまでブレイクしているのは日本が断トツらしい。もちろん、テレビ番組の影響が一番大きいのだろうが、サプールの持っているエレガンス、誇り、ファッション、そして鮮やかな色彩が日本人の心を深く揺さぶったのは間違いない。彼らは日本より貧しいかもしれないが、日本人が失いかけているかもしれない気高さを持ち、ファッションの力を信じている。

 

同時に、色彩の力をまざまざと見せつけられたと思った。色彩ほど直感に響くものはない。手にとった『SAPEURS - Gentlemen of Bacongo』のデザインも素晴らしく、写真の余白に大胆に鮮やかな色彩を配色して、サプールたちのファッションと呼応させている。代表的なサプールたちの個性とファッションをドキュメンタリー風に取り上げながら、その後、文化の厚み、広がりを紹介していく構成も良くできている。

 

安田さんに「余白にここまで大胆な色を使うのは日本人のセンスではなかなか難しいのではないかと思うのですが…」と聞いたら、英語版とデザインや色はまったく一緒で、基本的には英語版のデザインを最大限に活かし、日本語訳を併記することに留めたとのことで、合点がいった。

 

2300円(+税)という価格もよく考えられている。中古本とすぐ比較される現在では2000円前後が新品に手を出すかどうかのボーダーになっている。一般的にはアートブックは物質的な価値が高いので新品が好まれるが、それでもあまり高いと逡巡してしまう。日本語版はソフトカバー、英語版はハードカバーなので、そのままの造本にすればとてもこの値段には収まらなかっただろう。その分、中央(ノド)に被写体がある場合、見えにくいという課題が出てきているが、もともとのデザインを活かした上で、多くの人に手に取ってもらいやすい価格に抑えるための最適解に入ると思う。

 

美術書、アートブックというのは、装丁、造本、レイアウトなどの視覚的刺激だけではなく、紙の手触り、見開きのしなり具合、本の重量感など触覚的な魅力の割合も大きい。そこが小説やビジネス書などとはまったく違う点である。本を総合的に体験する感動が残っている。『SAPEURS - Gentlemen of Bacongo』は、いわゆるアートファンの枠を超えて社会現象となっているため多くの人々に読まれている(見られており、触れられてもいる)。それはアートブックの愉しみを知る機会にもなっていることだろう。

 

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