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ビジュアルレビューマガジン

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共感覚は原始か進化か?「共感覚とアーティスト」三木学

 

共感覚―もっとも奇妙な知覚世界

共感覚―もっとも奇妙な知覚世界

 

 

前回、共感覚者とされているアーティストが、真正かどうか述べた。共感覚の研究は19世紀半ばから始まり、19世紀末にピークを迎える。20世紀初頭くらいまでは盛んだったが20世紀半ばには下火になる。

 

それが20世紀末にかけてどんどん研究が増えていく。それは一つに脳の解析技術の向上により、脳科学が進化したの大きい。共感覚という知覚現象が起こるとき、脳ではどのようなことが起こっているのか少しずつ解明されてきている。

 

脳科学の発達や、共感覚者のデータがたくさんとれるようになったことで、19世紀末に共感覚者と目されていたアーティストが、真正の共感覚者か推測することも可能となった。

 

ジョン・ハリソンの『共感覚』(新曜社)では、共感覚者と言われてきた著名なアーティストが本当はどうなのか推理されている。

 

シャルル・ボードリヤール(1821-1867)
アルチュール・ランボー(1854-1891)
ジョリス-カルル・ユイスマン(1848-1907)
アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)
ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)
オリヴィエ・メシアン(1908-1992)
ウラジミール・ナバコフ(1899-1977)
セルゲイ・エイゼンシュタイン(1898-1948)
松尾芭蕉(1644-1694)
リチャード・ファインマン(1918-1988)
デヴィット・ホックニー(1937-)

以上の11名である。
ジョン・ハリソンが真正の共感覚者とにらんでいるのは赤であり、メタファーとして共感覚性を表現に利用しているものが青である。黒は証拠不足である。どちらにせよ、19世紀末の象徴詩人たちを中心として、共感覚性は一つの表現テーマとして広がっており、そこに真正の共感覚者が混じっているという感じだろう。

 

よく色彩学などでも挙げられるランボーの詩『母音のソネット』はまさに共感覚的表現である。

Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青。母音よ、いつか私は、きみたちの起源の謎を解いてやろう。

ランボーが実際に共感覚者だったかどうかは、ジョン・ハリソンはよくわからないと述べている。情報量が不足していると言ったところだろうか。ランボーのこの詩については、様々な謎解きがされている。

 

なかでも共感覚的な観点から人類学者、クロード・レヴィ=ストロースが構造分析をしており、そのことについては『フランスの色景』(青幻舎)で港千尋さんが詳しく書いているので参照されたい。レヴィ=ストロースは、共感覚を太古の感覚と考えていた節がある。

Web評論誌「コーラ」7号/哥とクオリア 第10章 哥の共感覚・下

 

我々は共感覚を、正しくは五感に分岐したものが、まかり間違って混線することで、新たな知覚を得ていると捉えてしまいがちである。しかし、科学的にも人文社会学的にも調べていくと、太古の知覚の残滓である可能性も見えてきている。つまり、突然変異的に回線のエラーで共感覚者が誕生したのではなく、太古の感覚の残滓を持っている人が共感覚者と捉えた方がすっきりするということである。

 

それが目に見えるように我々の元に現れるのは、アートの世界が多いため、アーティストには他の職業よりも共感覚者の割合は多く見えるかもしれないが実際はどうかはわからない。ジョン・ハリソンによると統計的には、200人に1人程度共感覚者はいるらしい。そして男性よりも女性の方がはるかに多い。

 

真正の共感覚者であれ、共感覚性をテーマにしたアーティストであれ、アーティストは少なからず共感覚が何か人間の深い知覚と関わりがあり、それらを目覚めさせるということは感づいている気がしている。共感覚は今や人間にとって不要になり置き忘れた感覚かもしれないが、分岐するばかりが進化ではない。色彩においても、色名は文明の発達とともに、分岐していき、多くなっていくとされているが、未分化だから感覚の交通が活発に行われている可能性もあり、共感覚と言語は深い結びつきがある。

 

共感覚に我々が惹かれるのは脳科学の発達だけではあるまい。共感覚者の表現や共感覚性をテーマにしたアーティストの表現に惹かれるのは、分岐の前の感覚の交通を思い出すからかもしれない。今日のように複雑化した社会で共感覚がブームになるのは、それが感覚の混線ではなく、交通と統合の原始的なモデルだからだといえよう。その影響は少なくとも、デジタル技術とあいまって表現の進化を促すことになるに違いない。

 

参考文献

 

共感覚―もっとも奇妙な知覚世界

共感覚―もっとも奇妙な知覚世界

 

 

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

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色彩の心理学 (岩波新書)

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