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ビジュアルレビューマガジン

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モダンデザインの終わりの始まり「東京オリンピックとデザインの行方(10)」三木学

デザイン 東京五輪

wired.jp

 

現代のロゴはシンプル化が進んでいる。そのような傾向を裏付ける本が出版されたという。記事によると、ドイツのデザイナー、イエンツ・ミュラー氏が2008年にタッシェン社から出版した『Logo Modernism』(ロゴ・モダニズム)には、20世紀に作成された6000点ものロゴが収集、分類、編纂されている。

 

イエンツ・ミュラー氏は、20世紀から現在に至るまで、ロゴのモダニズムは続いていると主張している。ミラー氏の言うロゴのモダニズムの定義とは、以下に集約される。

(1)白黒でも効果的であること(ただし、より新しいロゴでは、この原則がうまく働かない場合がある)。
(2)誰でも手書きで真似ができるくらいシンプルであること。
(3)幾何学的な形態(文字を含む)をベースにしていること。

それは今日のフラットデザインなどにも通底しており、モダニズムへ時代を超えて続いいるという。その例として、最近のGoogle社のセリフ体からサンセリフ体へのロゴ変更やAirbnb社のロゴ変更を挙げている。

新しいGoogleのロゴが表現するもの « WIRED.jp

ちょうど1年前の「Airbnbロゴ」をめぐる剽窃疑惑 « WIRED.jp

 

しかし、そこにはモダンデザインの終わりの始まりの兆候も確実に起きている。宿泊マッチングサイトとして、近年世界的に知られるAirbnb社の新ロゴに関しては、剽窃疑惑が起こっている。

 

多くの人が指摘しているように、モダンデザインによって単純化や機能化、記号化を推し進めることによって、デザインの形態は類似してくる。「余計なものを」をそぎ落としていくと、要素は明らか少なくなり、その結果、まったく別のものを現したデザインと類似してしまうということが世界中で起きてしまう。実際に見たかどうかはわからないし、もし見てなかったとしても、デザインの手法が同じである以上、似るのは必然的なことである。逆説的に、モダンデザインにおける「余計なもの」こそ、ある種の個性であり、差異化できる点であるということである。

 

先日、舛添東京都知事によって発表された東京ブランドのロゴが、さっそく盗用疑惑が巻き起こっている。東京五輪エンブレムの撤回騒動が起こった影響で、法的な見直しをするため、2ヶ月調査のため発表を見合わせたとのことだが、わずか数日でネットで類似ロゴからの盗用を指摘されるはめとなった。

【舛添知事定例会見録】東京ブランドのロゴ「&TOKYO」 撤回しないように「慎重を期した」(1/5ページ) - 産経ニュース

舛添知事発表のロゴ、ネット上では「完全にパクリ」 - 社会 : 日刊スポーツ

andtokyo.jp

 

モダンデザインである以上、類似図案は多発するので、これが盗用かどうかは、当人でしか分からない。著作権や商標権の観点からは問題ないだろう。

東京ブランドロゴは五輪エンブレムの二の舞にならないのか?(栗原潔) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

しかしながら、今回のようにロゴやデザインが提案されるたびに、類似デザインがネット上で発見され、パクリと人々の間で認定されて、ネガティブイメージにつながるのは問題だろう。モダンデザインは追求すればするほど、要素を削っていくため似てくるという因果な構造を孕んでいる。

 

世界的に展開した場合は、勝敗はともあれ、著作権法で訴訟される場合も出てくるだろう。そのような意味では、モダンデザインは、コンピュータとソフトウェア、フォントという一緒の道具を使って、世界中で作られている以上、そのリスクは等比級数的に上がっていると考えた方がよい。

 

法的な問題はともあれ、様々な状況証拠を挙げられ、レッテルを貼られたことから抜け出すのは難しい。その時点でブランド戦略としては失敗である。要素を単純化していくモダンデザインは時代を超えたように見えて、実は頓挫しつつあると思った方がいいかもしれない。何度も指摘しているが、手描きへの回帰や3Dデザインへの進化などに舵を切る方がリスクが回避されると同時に、新たな可能性が出てくるだろう。何時までもモダンデザインに留まる時代は終わったと考えた方がよいだろう。