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ビジュアルレビューマガジン

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見えない色を描く「中屋敷智生の描く想像の絵」三木学

アート 色彩

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それは夢じゃないかもしれないかもしれない -This May Be No Dream,Maybe-》2014

Tomonari Nakayashiki

 

以前、谷本研くんと中村裕太さんの展覧会「タイルとホコラとツーリズム season2《こちら地蔵本準備室》」を見に行った際、谷本くんを囲んで話をしていたら、ぞろぞろと谷本くんの知り合いのアーティストが集まってきて、芸術談義となった。その際、最近僕が関心を持っている色彩の共感覚性や、近眼の見え方を写真で再現する「近眼写真」について話をしたら、画家の中屋敷智生さんが、実は色弱者で見えない絵の具を使って絵を描いているということがわかった。

 

色弱者については、以前、色彩分析ソフトを開発していた関係で、東大を中心とした色弱者ためのカラーユニバーサルデザインを研究しているグループにソフトを提供したり、多少交流があったので無知というほどではなかった。ただし、身近に知り合いがいるわけではなかったので、本当に「知っていた」かどうかは怪しい。

 

カラーユニバーサルデザインは色弱者が視認しやすいように、サイン計画などで、色弁別ができる配色を推奨しているので、 中屋敷さんが見えない色の絵の具を使って、絵を描いていることに大いに驚いた。中屋敷さんは、絵の具を選ぶ際、色ではなく、色の名前で判断しており、見えない色を想像して描いているという。その事実に興味を持ち、さっそくホームージに掲載されている中屋敷さんの絵を見せてもらった。そこには非常に色彩豊かな絵が、微妙繊細なタッチで描かれていた。中屋敷さんの絵を見たら、色弱者が描いたとは誰も思わないだろう。しかし、完成した絵を僕と同じように、中屋敷さんは見えているわけではない。

 

色弱者といっても、眼の構造を知らないとピンとこないかもしれない。眼には赤、緑、青の波長を感じる錐体(細胞)といわれる3つのセンサーがある。人間はだいたい380ナノメートルから780ナノメートルの光の波長(可視光線)が見えるとされる。3つのセンサーは、吸収する光の波長の長い方から、Long、Middle、Shortの頭文字をとってL錐体(赤錐体)、M錐体(緑錐体)、S錐体(青錐体)という。その3つの錐体によって、光の波長を3つに分光する。どの波長を強く感じるかということを分光感度という。

 

それぞれの分光感度は、L錐体は約560ナノメートル(黄色)付近をピークに黄緑~赤を感じ、M錐体は約530ナノメートル(緑色)付近をピークに緑~橙を感じ、S錐体は約420ナノメートル(紫色)付近をピークに青~紫を感じ、それらが脳の中で混合されて見ている色が再現されるという仕組みである。

 

色弱者は、一般的にこのセンサーに異常がある場合が多い。その中でも、L錐体(赤錐体、M錐体(緑錐体)のどちらかに異常がある場合が多く、そのため赤と緑の弁別がつかないという現象が起こる。日本人では、男性の約5%存在するとされているが、欧米ではやや多く8%~10%、アフリカではやや少なく2~4%存在するとされている。

色弱・色盲・色覚タイプの特徴 — NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構/色弱・色盲相談窓口/特定非営利活動法人 Color Universal Design Organization

 

なぜそのようなことが起こるかというと、L錐体(赤錐体)、M錐体(緑錐体)はもともと一つのもので、進化の過程で2つに分かれたからだといわれている。だから、赤、緑の弁別が難しい色弱者の中でも、どちらかの分光感度がオーバラップしている場合もあれば(分光感度が似ていて差異がわかりにくい)、どちらかの錐体が存在しないという場合もある。

 

中屋敷さんの錐体が、具体的にどのような問題があるか分からないが、赤と緑の弁別がしずらい色弱者であることは間違いない。中屋敷さんは赤と緑の範囲が、茶色に見えるケースはかなり多いらしい。それでどうやって色を塗っているかというと、まず色の名前で絵の具を選び、混色の構造は理解していることと、自分が知覚している範囲の延長線上の色ということはわかるので、想像で補っているという。その過程を我々が「想像」するのは難しいが、中屋敷さんの絵をよく見るとその痕跡を辿れるかもしれない。

 

それで後日、もう少し中屋敷さんがどのように絵を描いているか理解するために、色彩分析をさせてもらうことにした。以下は、中屋敷さんさか絵の色が、色立体上のどこに分布しているのかを現した図である。

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それは夢じゃないかもしれないかもしれない -This May Be No Dream,Maybe-/2014/acrylic on canvas/162 × 194cm

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マンセル表色系(色相・彩度図)

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マンセル表色系(明度・彩度図)

 

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花咲く梅ノ木 -Flowering Plum Tree-/2014/acrylic on canvas/72,7 × 91cm

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マンセル表色系(色相・彩度図)

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マンセル表色系(明度・彩度図)

 

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Lightness/2014/acrylic on canvas/22.7 × 15.8cm

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マンセル表色系(色相・彩度図)

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マンセル表色系(明度・彩度図)

 

色彩に敏感な人ならわかるかもしれないが、とても不思議な色合いになっている。写真や絵画を何度も色彩分析をしたことがあるが、初めてみる類の配色の絵かもしれないと思いながら僕は見ていた。それでいて全体のバランスがとれているところが面白い。

 

この他数点、色彩分析をしたのだが、僕のコメントは以下のようなものだった。

 

2014年制作分の作品を幾つか取り出して色彩分布を見てみました。感覚的には、おそらくトーン(明度と彩度の区域)で調整して、そのコントラストで判断している感じがします。
補色(色相環の反対色の組み合わせ)のような色の対比で作られた画面という感じはしません。逆に言えば、トーンをここまでちゃんと整えられる画家もそれほどいないので、トーンの感覚がとても優れていると感じます。
実際どうなんでしょうか?
色数が多かったり、混ぜていたりしても、地となるトーン(背景の場合が多い)を整えて、原色に近い色をその上に乗せているというイメージです。ただ、赤紫の使い方はちょっと特徴的かもしれません。また、描き方などあれば教えてください。どこが見えやすくて、どこが見えにくいのかわかると興味深いです。

 

これに対して中屋敷さんの回答は以下のようなものだった。抜粋してご紹介したい。

 

明解な分析ありがとうございます。
そうですね、描く際の意識としてはコントラストの感覚が強いのかもしれません。Photoshopなどを使う際も、写真を見て何か色味が違うと感じても、僕自身は赤味が足りないとか青が強すぎるという判断が殆どできないので、感覚的に分かるコントラスト(明度とわずかな彩度)に頼るしかないという感じです。
2014年頃の作風は確かに背景となる地の色をしっかりと整えてから原色に近い色を配置する工程が多かったと思います。ここ最近は、複雑に作りすぎた背景の色をもう少しコントロールできるよう色数を減らして描く傾向にあります。
あと、赤紫に関してですが、本当は僕自身赤紫という概念が殆どありません。固定観念なしに赤紫を見た場合は、大抵の場合は赤色か茶色と言うと思います。そんな僕が赤紫を使う理由は率直に言うと分からないからだと思います。その昔はコンプレックスだった色感を今は反対に武器にして、この色をこう使うと綺麗に見えるんじゃないかなという開き直りの直感と知識、経験でもって描いています。もちろん最後は自分自身が綺麗だと思わないといけないのですが。完成はいつも本人が分かっていないという(笑)。

 

描き方に関してですが、レギュラーのアクリル絵の具に加えてフルイドという粘度のゆるいアクリル絵の具やオープンアクリリックスという乾燥時間が油彩並みに遅いアクリル絵の具などを使い分けて描いています。基本的に黒色は使いません。共にターナー社のゴールデンアクリリックスを使用しています。使用例としましては、虹の仕事の場合は季節や湿度によってあらかじめ調合した大量の絵の具をタッパーに入れてテストを繰り返します。あとはキャンバスを寝かして一気に描くという感じです。普通に筆で描く場合でも気候によって絵の具を使い分ける場合があります。

 

以上の回答のように、ある程度、色彩分析からみた推論は当たっているようだった。明度・彩度を中心としたコントラストの判断がつくので、主にそれらを見て調整しているのため、トーン(色調)がピタッと合っているのだ。日本人はこのトーンについて、感覚的に理解できる人は意外に少ない。

 

トーンは近代色彩学の概念であり、色相・明度・彩度という色の三属性で構成された色立体を元にしている。ちょうど色立体の明度と彩度によるリング状のものがトーンになるのだが、色を3次元空間的に捉えること自体が、西洋思想的なものがあり、日本人には馴染まない。馴染まないというか、感覚的に理解できないところがある。これが多色相を上手く配色できない日本人のネックにもなっている。

 

中屋敷さんは、見えている色相の範囲が狭められている分、トーンで配色を合わすということに非常に長けている。その一方、中屋敷さんが見えない色を使うことも含めて、西洋的な色彩調和とは言えないような微妙な配色によって、独自の世界観を出しているといえるだろう。それが中屋敷さんの絵の独特の魅力となって立ち現れている。我々が見ているのは、中屋敷さんが決して見られない想像の絵なのだ。

 

それらは物凄く感覚に訴える作品になっている。我々に見えている色なのだが、中屋敷さんが見ている感覚を実はわかっていない。色相の知覚範囲が狭い分、明度・彩度を知覚する微細な感度は我々にはなく、見えていないのかもしれない。そのズレが感覚に訴えるのではないかと思える。

 

つまり、我々も中屋敷さんの想像の絵が見えているわけではないのだ。しかし、中屋敷さんの絵は、中屋敷さんと我々の知覚と想像の交差する接点であり、時に回路になっていることはあるだろう。それは、感覚の違う他者とのコミュニケーションの可能性を考える上でのヒントにもなっている。正確に言えば、すべての人が同じように感じることはないからだ。まだまだ関心はつきないが、それは今後の課題としたい。

 

参考文献

 

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

 

 

 

Newton(ニュートン) 2015年 03 月号 [雑誌]

Newton(ニュートン) 2015年 03 月号 [雑誌]

 

 

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