shadowtimesβ

ビジュアルレビューマガジン

スポンサーリンク

戦争画の歴史<レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」>三木学

 

Leonardo da Vinci レオナルド・ダビンチと「アンギアーリの戦い」

Leonardo da Vinci レオナルド・ダビンチと「アンギアーリの戦い」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展 特設サイト


先日、京都に行ったついでに、京都文化博物館で開催している、<レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」>展を見た。少しは関心があったのだが、絶対に見に行かねばならないと思っていたほどではない。それほど話題にもなってないような気もするし、琳派展のように何時間も並んだという話も聞かない。やや会期が長く、すでに東京展も済んでいるということもあるかもしれない。

 

しかし、実際見ると、これは必ず見ておかなければならない展覧会であったと思った。そもそも、<レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」>と微妙なタイトルがついてるように、ダ・ヴィンチが描いたかどうか分からない。「アンギアーリの戦い」を題材とした、《ダヴィラ・ドーリア》は、ダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》の中心モチーフである軍旗争奪場面を描いたものであり、作者不詳となっている。括弧つきで、(レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく)と書いており、ダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》を題材としたことははっきりしているが、ダ・ヴィンチが描いたことかどうかは不明の作品なのだ。

 

そもそも、「アンギアーリの戦い」とは、1440年にアンギアーリ村で、フィレンツェ共和国と、ミラノ公国で起こった熾烈な争いのことを指し、フィレンツェ軍がミラノ軍を返り討ちにして勝利を収めたフィレンツェ共和国の栄光の歴史である。フィレンツェ共和国の行政長官ピエロ・ソデリーニは、1503年、ダ・ヴィンチに戦勝画の制作を依頼し、完成すればシニョリーア宮殿(現ヴェッキオ宮殿)の大評議会広間(現五百人広間)の壁に飾られる予定だった。

 

しかし、完成することは叶わず、約50年の間、未完成の下絵のまま放置された幻の作品が、《アンギアーリの戦い》なのだ。その中心部分である軍旗争奪画面を描いた油彩画が、《タヴォラ・ドーリア》であり、ダ・ヴィンチが描いた可能性も残されている。名前の由来はドーリア家が代々所有していたことによるが、1992年に東京富士美術館が購入して日本に渡っていた。その後、イタリアに寄贈され、今回再び来日した。今や《タヴォラ・ドーリア》自体が、ほとんど見ることのできない幻の作品になっている。

 

一方、フィレンツェ政府の依頼により、もう一人のルネサンスの巨匠、ミケランジェロにも大評議会広間(現五百人広間)を飾る壁画の依頼が行われた。ミケランジェロはフィレンツェ軍がピサ軍に勝利を収めた「カッシナの戦い」をテーマに下絵を描いた。しかし、教皇ユリウス二世の霊廟造りに召還されたため制作は中断され、そのままになった。

 

ダ・ヴィンチ、ミケランジェロの両巨匠の夢の競演は未完成のままであったが、後世に残した影響はとてつもなく大きい。その強烈なイメージは、戦争画を一変させてしまったのだ。多くの画家たちによって、2人の未完成の壁画は模写され、それを元にさらに複製されたり、翻案されたりしていった。ダ・ヴィンチのよる人間や馬の構造を完璧に把握し、さらに計算された演出的な構図やミケランジェロの人物描写は、後の戦争画の手本として引き継がれていく。今回は、《タヴォラ・ドーリア》だけではなく、その影響下にあるルーベンスやシャルル・ブランなどの様々な戦争画が展示されており、その歴史的変遷を見ることができる。

 

残念ながら、ダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》の未完成の下絵は、1560年代後半に改修工事が行われた際に、ジョルジョ・ヴァザーリとその弟子によって新たな絵によって上塗りされ、ミケランジェロの《カッシナの戦い》の下絵もまた画家バルトロメオ・バンディネッリによって切り刻まれ、喪失してしまった。

 

だから残っているものは、模写以外は、ダ・ヴィンチの手稿くらいなもので、《タヴォラ・ドーリア》が一番、原作の痕跡を残す確度の高い作品ということになる。実際見ると、はげ落ちている部分が大半で何が描かれているか判別しにくいが、その躍動感のある構図は、当時としたら衝撃的だったことは予想できる。ダ・ヴィンチは《アンギアーリの戦い》しか戦争をモチーフにした絵画は描いていていないが、その後、無数に描かれる戦争画の手本となり、受け継がれていくことになる。

 

日本にも、戦国時代の戦争画はあるが、江戸時代に戦争がなくなり、その伝統は受け継がれていない。日本が第二次世界大戦で画家に描かせた戦争記録画も、西洋の戦争画の歴史を見ないと解釈できないのではないか、と痛感させられた。そして、その歴史を自覚して取り入れていたのは藤田嗣治だけだった可能性が高い。現在、藤田嗣治の展覧会が東京国立近代美術館で開催されているが、藤田の戦争記録画にダ・ヴィンチの影をみのはたやすい。唯一藤田だけが、戦争記録画ではなく、西洋絵画史につならる戦争画を描こうと試みたのであろう。芸術と戦争を考える意味でも、この展覧会は見ておくべきものだろう。

MOMAT コレクション | 東京国立近代美術館

 

京都文化博物館 4階・3階特別展示室 
2015年8月22日(土)ー11月23日(月・祝)まで。