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ビジュアルレビューマガジン

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未完の3次元デザインと揺らぐ色彩-原研哉と亀倉雄策「東京オリンピックとデザインの行方(13)」三木学

デザイン 東京五輪

www.ndc.co.jp

 

日本を代表するグラフィックデザイナーである原研哉氏が、自身のデザイン研究所のHPで、2020東京五輪エンブレムの候補案を公開した。東京五輪エンブレムの第一回デザインコンペは、104案の応募の中から、入選作として、原研哉、葛西薫、佐野研二郎各氏の作品が選ばれ、最終的に佐野研二郎氏の作品が採用された。しかし、盗用騒動の末、白紙撤回された経緯は誰もが知っているだろう。

 

結局、現在、審査委員と審査体制、公募要領を大幅に変えて、第二回目の公募が行われている最中である。しかし、初期から佐野研二郎氏の案が撤回されたならば、入選作である原研哉、葛西薫両氏の案のどちらかから繰り越して選ぶべきだという声が上がっていたし、もっと言えば、実質上、密室で決定されたコンペの公平性を問うためにも、104案の作品を公開すべきだという声もあった。

 

作品の公開は、著作権および著作者人格権等の関係もあり、応募者の許諾を得ずに公開するには難しいかもしれないが、応募者自ら公開する分には、法的に問題はない。今回、原研哉氏は。作品が漏えいしたこともあり、自身に著作権が戻ってきたことを機会に、「可能な限り忠実に」公開している。

 

研哉氏は、「プロフェッショナルたちによって競われた最初の競技がいかなるものであったかを公表することは、グラフィックデザインが広く理解されるためにも、五輪エンブレムの今後を考えていくにも、貴重な資料の提供になる」と記載しているように、デザインコンペ全体の方向性やレベルを知るためにも貴重な機会を国民に提供しているといえる。できれば、他のデザイナーの作品も公開して頂きたいが、それらは自発的な意志に任せるしかないだろう。

 

さて、肝心なデザインは、オリンピックの方は「躍動する地球」「心臓の鼓動」「頂点」をシンボル化していると述べ、形象に3次元デザインの球体、色は日本の伝統色とする鮮烈な赤が採用されている。パラリンピックの方は「歓喜」「共振」「祝祭性」がシンボル化されていると延べ、同様に形象に3次元デザインの球体と赤が採用されている。一方で、「手で探し当てた独自な造形」と書いているように、コンピュータではなく、スケッチなどを使って、バランスのよい造形を試行錯誤したようである。

 

研哉氏の案は、リオ五輪エンブレムで初めて採用された、3次元デザインの流れを汲むもので、世界の潮流を捉えているといえる。また、3次元デザインと手描きの要素を入れると、類似作品が生まれにくいのもポイントだ。原研哉氏がさらに工夫を加えているとしたら、最終的にエンブレムは、2次元として展開されることが多いため、3次元に陰影をつけず、平面における明快さの両方を兼ねようとしているところだろう。

 

また、亀倉雄策がデザインした1964東京五輪エンブレムを、円形と赤色、金文字によって継承することも試みられている。円形は3次元デザインの球体、多次元(というより多視点)のグラフィックスに進化したことを示しているといえるだろう。

 

この作品の優劣はすでに問われてないので、国民的な批評の対象にはならないかもしれないが、個人的にやや難があるとすれば、不定形の形に陰影がないため液体に見えること、赤色が鮮烈なため血しぶきを連想することだろう。この辺はもっと印象を工夫した方が良かったのではないか?

 

実際、色彩分析をすると、使われている赤は、日本の伝統色というより、もっと彩度が高く、フランスの伝統色のエカルラート(スカーレット)やコクリコに近い。日本の伝統色は彩度が高すぎて抽出できなかった。

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系統色名で言い換えれば、「ごくあざやかな黄みの赤」であり、ここまで鮮烈な赤は日本の伝統色にはなく、彩度を落として一番近いのは、紅緋(べにひ)になる。緋色とは茜色の最も鮮やかな色で、黄みの赤のことである。紅(くれない)は紅花からつくられた深紅の染料で、日本古来の赤の代表的な色だと思わている。

 

しかし、紅花の原産地はエチオピア、アフガニスタンの山岳地帯で、インド、中国を経由して、7世紀に日本に伝わった。紅花は古代からエジプト、中近東、インド、中国で栽培され、化粧料として使用されていたので、日本だけを象徴する赤というわけではない。というより、色は古代より世界的に流通しているものであり、1色でその国の伝統的な色と言うのは難しい。


日本では、揚子江河口の呉の国で栽培されていたことから、呉藍(くれあい)と呼ばれており、紅(くれない)に転じたとされる。紅色(べにいろ)も、紅花が染料の色で、中世には皿、茶碗、猪口、江戸時代は口紅として普及し、一般的になっていった。国旗の日の丸の色は紅色のようだが、系統色名でいうと「紫みの赤」になる。

日本の国旗 - Wikipedia

 

とはいえ、紅花を染料として作られた紫みの赤の紅色も、茜色を染料として作られた鮮やかな黄みの緋色も、古代から日本の赤色の代表的な色名であることは間違いない。一方、紅緋は江戸時代以降に作られた色で、紅花染に、支子(くちなし)、黄蘗(きはだ)、鬱金(うこん)などの黄色染料を交染した色である。

 

また、エカルラートは、深紅を意味し、昆虫から得られる天然染料ケルメスで染めらた織物を表すペルシア語、アラビア語が由来になっている。その後、英語の色名スカーレットとなった。

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一方、1964東京五輪エレンブレムから抽出できる色は、まさに血の色を表すルージュ・ドゥ・サンである。ルージュ・ドゥ・サンの彩度を上げていけば、エカルラートになるので、原研哉氏は1964東京五輪エレンブレムから、色を抽出して調整した可能性はある。ただ、おそらく亀倉雄策は、日本の伝統色の色票ではなく、自分で調整したのではないだろうか?どの色とも微妙に違うため、日本の伝統色とは言い難いからだ。原研哉氏がこの赤をどのようにして選んだかは謎であるが、もう少し色の検証はあってもよかったかもしれない。

 

とはいえ、原研哉氏が指し示した方向は、シンプル、デフォルメなど、使い古されたモダンデザインの手法や懐古趣味ではなく、21世紀のグラフィックデザインに踏み出したものだ。モダンデザインを基にしたがために、大騒動となったことを考えると、まったく違った現在があったかもしれないと思うと残念である。

 

しかし、原研哉氏が指摘しているように、次回のコンペはデザインマラソンのようになり、東京マラソンのように、市民ランナーとオリンピック選手が混じるようなものになるだろう。キャリアのあるデザイナーにはリスクはあるかもしれない。しかし、原研哉氏が「走る」ことを表明しているように、第一回コンペに参加したデザイナーは、多くの在野のデザイナーと、コンセプトや技能の差を明確に示すためにも是非参加すべきだろう。それなしに、デザイン業界の信用の回復はありえないのだから。

 

参考文献

 

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

 

 

 

新版 色の名前507―来歴から雑学、色データまで 日本の色、世界の色が見て読んでわかる

新版 色の名前507―来歴から雑学、色データまで 日本の色、世界の色が見て読んでわかる

 

 

 

フランスの伝統色

フランスの伝統色