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ビジュアルレビューマガジン

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あまりに音楽的な-歌詞・楽曲・ソングライティング「琳派 京を彩る」三木学

展評 アート

www.kyohaku.go.jp

今年は琳派400年記念祭として、京都中で琳派がらみの展覧会が行われている。特に京都国立博物館で開催されている「琳派 京を彩る」展では、10月27日〜11月8日まで琳派を代表する俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一の3人が描いた「風神雷神図屏風」が、時代を超えて一つの空間に展示されている。この機会を逃せば、3作を同時に見ることは当分ないだろう。前回最初に3作が同時展示されたのは、なんと東京帝室博物館特別展覧会の1903(明治36)年というから112年前ということになる。その時、「琳派」という系譜が浮上する。それが言わゆる狩野派のような派閥ではないことは、ここでは省略する。
※2008年に東京国立博物館平成館 特別展示室で、尾形光琳生誕350周年記念「大琳派展-継承と変奏-」展が開催されており、その際は鈴木其一も含む4作が一堂に展示されていたので訂正いたします。

東京国立博物館 - 展示 日本の考古・特別展(平成館) 尾形光琳生誕350周年記念「大琳派展-継承と変奏-」

琳派400年記念祭

「琳派」の現在――流派概念の限界と「琳派」「RIMPA」の可能性:フォーカス|美術館・アート情報 artscape

 

 

しかし、まだ「琳派」という名前ではななかった。「尾形流」「光悦派」「宗達光琳派」「光琳派」などと呼ばれていた。それが「琳派」という名称に確定したのは、1972年に東京国立博物館で開館100年を記念して開催された特別展「琳派」であるとされている。現在の琳派ブームは、明治時代に作られ、戦後になって決定的になったということである。

 

3作の「風神雷神図屏風」が揃って見られるのは今週末までということで、今日は朝から見に行った。しかし到着した9時30分にはすでに60分待ちになっていた。前日までの混雑状況を報告する専用ツイッターを見ていたら、朝から昼にかけて混み、夕方はすいてくるようだった。ただ、今日は夜の拝観時間が長いので、夕方も混むかもしれないと思い朝を選んだ。しかし、結果的には朝一の方が混んでいたようだ。どちらにせよ、土日は「風神雷神図屏風」を見に来る人で大混雑することは予想される。

 

さて、肝心な展覧会は豪華としかいいようがなく、京都では過去最大の琳派の展覧会だったといってよいだろう。これほどの作品が集まることは今後なかなかないかもしれない。

 

戦後、田中一光が、琳派にデザイン的な要素を発見し、デザインの源流としての評価がされるようになった。今日でも琳派は、純粋なアートというより、商業デザインの観点から見直されることは多い。

 

しかし、今日見て思ったのは、今日のジャンルから琳派を枠に入れようとするのは無理があるし、ミスリードしてしまう可能性があるということだった。特に琳派から多く感じたのは、その音楽性である。

 

「風神雷神図屏風」の次に混んでいたのは、本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」である。この作品は、水辺に戯れ、やがて飛翔し、そしてまた舞い降りる鶴の連続的な表現が、アニメーションのようであると指摘されている。アニメーションの先駆的表現言われることもある。しかし、僕が実際に見た感想は違った。

 

宗達の下絵に、書かれている書は、和歌である。しかも、三十六歌仙という日本の作詞家のベストヒットのようなものである。そのことをアニメーションと指摘する人は見逃している。これは単に見るために書かれたものではない。歌うために書かれたのだろうし、書を見るだけで当時の人は歌が聞こえただろう。宗達の下絵は歌うための楽曲や伴奏として機能しているのである。

 

つまり、「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」は楽譜であり、レコードだと考える方が自然なのではないか?だとすれば、宗達が楽曲を書き、光悦が歌詞を書いたのだ。それが彼らの共作の狙いなのではないかと、見れば見るほど「感じてくる」。もし共感覚者なら、そこに音楽を聴くのはたやすいかもしれない。

 

「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」だけではなく、琳派には、和歌や舞楽に関するモチーフが多い。宗達の「舞楽図」は、様々なかつての舞楽図から、五組の演目をカット&リミックスしたもので、三島由紀夫は「音楽的」と評したというが、そのように間接的な表現だけではない。和歌を採用した書と絵は、単なる書と絵ではなく、鑑賞者が歌うためのものだったと思える。

 

光悦と宗達が、歌詞と楽曲による共作としたら、抱一などは自分で書も描く。それはソングライティングに感覚が近い。もちろん、オリジナルではなくいわばカバー曲ということになるが、両方の要素を自分で描いているのだ。

 

我々は、えてして現代のジャンル、現代の感覚で過去の作品を評価し、その先駆者のように位置づけることが多い。しかし、現在が進んでいて、過去が遅れているということがいえるだろうか?過去の方が複合的で、現在の方が細分化されたことによって、過去の複合的な要素が評価できなくなっていると考える方が自然なこともあるのではないだろうか?

 

琳派が音楽だとするのも、現代のジャンルに当てはめていると言われるかもしれないが、琳派がアニメーションやデザインの先駆的表現であり、源流とするのとは少し違う。実際、音楽的に見ていたのではないか(聞いていたのではないか)、ということである。

 

我々は過去の感覚に戻ることはできない。だから現代の感覚で当てはめてしまう。しかし、大事なのはそのような現代からの解釈ではなく、作品から失われた芳醇な感覚をできるだけ取り戻すことだろう。これから展覧会に行く人には、一切の観念を捨て、現代の感覚に捉われず見る(聞く)ことをお勧めしたい。他にも多くの発見があったがそれは別の機会に。