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郊外住宅地と現代アートの行方「学園前アートウィーク」三木学

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和文華館 文華ホール

学園前アートウィーク2015 | 「イマ・ココ・カラ」 現代アートが、街の未来をつくりだす。

11月7日(土)~15日(日)近鉄「学園前」駅南エリア

 

近年、地域アートや地域型アートプロジェクト、地方芸術祭なとど言われる、衰退しつつある地域の魅力を現代アートの力で再発見し、観光客などを増やすことで地域振興や地域活性化を図ることを目的とした祭典が各地で開催されている。そのようなアプローチは、アート・ツーリズムと言われたりする。

 

大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ)や瀬戸内国際芸術祭に代表される広域で大規模な国際展から地方自治体や企業、有志団体が主催する芸術祭まで大小様々な規模と内容があり、もはやその数を計算するのも難しいくらいである。最近ではその効果よりも問題点も数多く指摘されるようになっており、これからは淘汰される時代が来ることが予想される。

  10+1 web site|まちづくりと「地域アート」──「関係性の美学」の日本的文脈|テンプラスワン・ウェブサイト

 

それはさておき、概ね地域型アートプロジェクトが開催される場所は、自然豊かであるけれども、過疎化している地域という印象が強い。しかしそこにも変化が訪れ始めているようだ。先週末から始まった「学園前アートウィーク」は、奈良にある近鉄近畿日本鉄道)沿線の郊外住宅地である学園前駅付近で開催されている。

 

学園前は、近鉄沿線の中では高級住宅地として宅地開発されたところで、駅前に学校法人帝塚山学園が設立した、帝塚山大学があることから、周辺地域は学園前と名付けられている。

 

奈良というと関西圏以外の人からすると大阪や京都からかなり遠いように思うかもしれないが、学園前は難波までは30分、京都までは50分で行けることから、関西の主要企業の通勤圏内になっている。その中でも所得が高い富裕層が住む地域だといっていいだろう。阪神間ほどの歴史はないが、その次に富裕層が住み始めたところである。

 

住民の教養や文化度もおそらく県内では一番高く、近隣には近鉄の五代目社長、種田虎雄が創立し、日本有数の日本美術のコレクションを誇る和文華館がある。大和文華館は、近代数寄屋建築を確立した吉田五十八の設計した建築としても評価が高く、高台にある文華館を取り囲む自然苑も、四季を通じて様々な植物が楽しめるようになっている。

何もそのような文化度の高い高級住宅街で、現代アートのイベントをしなくてもいいのではないかと思うのだが、全国的に人口減少し都市がシュリンクする中で、地域創生や地方活性化の叫び声とは裏腹に、東京一極集中と都心回帰が進んでいる。関西圏でも首都圏と比べると、人口流出は進んでおり、学園前も宅地の老朽化や空家問題とは無縁ではない。そこで現代アートの祭典が企画されたようだ。

 

日本における現代アートの問題点は、まず一部の作家しか世界的な流通にのっていないと同時に、骨董などと比べて、国内マーケットもまだまだ醸成されていないところにある。しかし2000年代になって、バブル崩壊以降90年代に頓挫した地方博覧会ブームの代替として、比較すると低予算で集客効果が見込める現代アートの芸術祭が、展示する機会が少ない日本のアーティストのニーズと合致し、急速に広がったという経緯がある。つまり芸術祭は万博を契機に普及した地方博の裏面なのである。


それについての賛否はあるとして、そもそも世界的にもっとも有名で歴史のある芸術祭であるヴェネツィアビエンナーレが、1895年に万博をヒントに地域活性化を目的として始められたことを考えると、100年遅れて日本にブームが訪れたと捉えることもできるかもしれない。

 

とはいえ、ヴェネツィアビエンナーレと、もっとも規模の大きなアート・フェアの一つであるアート・バーゼルが分かちがたく結びついてることを考えると、両輪としてアート・フェアを代表とする現代アート市場が確立されていないと歪な状態になる。近年では日本でもアート・フェアが高級ホテルなどで開催されており、徐々にではあるが普及し始めているといえるかもしれない。

ヴェネツィア・ビエンナーレとは何か(2):『資本論』とロールス・ロイス | 小崎哲哉 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

そういう意味でも、学園前アートウィークは、規模は小さいながら、芸術祭的な雰囲気とアート・フェア的な雰囲気の両方があることは特筆すべきところだろう。今年、舞台となっているのはわずか7カ所(関連展覧会除く)、14名のアーティストであるがその片鱗は十分に感じることができる。

 

会場の一つとなっている大和文華館文華ホールは、辰野金吾設計の奈良ホテルのラウンジを移築したものであるし、沼記念館は淺沼組の創業家の持ち家だったもので、その空間やしつらえは一見の価値はある。特に沼記念館は、実際の住宅跡なのでより現代アートが置かれるとどのような空間になるのか、ホテルでのアート・フェアよりリアルにわかる。

 

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安藤栄作 於、淺沼組記念館(奥に大和文華館のある高台と自然苑を望む)

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森末由美子 於、淺沼組記念館

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マリアーネ 於、淺沼組記念館

 

豪邸に合わせて規模の大きな木彫作品を展示した安藤栄作、ビデオインスタレーションの伊藤宣明は別として、写真と映像インスタレーションの鍵豪、ペインティングの中島麦、ブラジル生まれ、シンガポール育ちの日本人で、素材も和紙にアクリルというハイブリットな絵や立体小品を作るマリアーネ、編み物を立体と組み合わせたユニークな作品を作る森末由美子は、初めから展示されていたものと言われても疑わなかったかもしれない(ただし、安藤栄作の小作品は置物的になっていた)。沼記念館が破格な豪邸とはいえ、現代アートが住宅に合うということの雄弁な証明になったことは間違いない。

 

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三瀬夏之介 於、和文華館 文華ホール

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狩野宏明 於、和文華館 文華ホール

 

一方、本展の目玉ともいえる、大和文華館の文華ホールでは三瀬夏之介の巨大な日本画と、狩野宏明の油画が、両壁面に対比するように展示されていた。文華ホールは、帝塚山大学と狩野宏明が教鞭をとる奈良教育大学の学生も加わり、学園前付近をサーベイした上で、全体として学園前に見立てた空間インスタレーションとして構成されていた。中央には近鉄沿線を象徴する木製の台座が直線的に並べられ、両脇には学園前周辺の地図を切り抜いた形のテーブルにペインティングや模型が配置されている。

 

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三瀬夏之介と狩野宏明のアーティストトーク

 

木製の台座を歩いていくと、文華ホールの奥に、三瀬夏之介が描いた等身大サイズの大仏の顔が吊られ、地面まで垂れ下がっている。学園前駅のある近鉄奈良線の終着駅が奈良駅であり、大仏のある東大寺の最寄り駅になっているため位置関係を重ねているのだ。三瀬の絵画は、文華ホールが貴重な建築で壁面に設置することができないため、巨大な屏風として立て掛けられていた。描かれている内容は、奈良出身の三瀬が移り住んでいる山形県の月山などの様子だという。塗り重ねた特徴的な絵であるが、ひんやりと感じる透明感に包まれていると同時に、空間に合わせて自在に張り合わせ、折り重ねる三瀬の展示方法が際立っていた。

 

本展覧会の目的は、チラシに「学園前南地区の住民、教育機関文化施設が一体となって、地域の魅力を見つめ直し、積極的な交流を行うことで街を育てる「街育」を推進すること」と記載されているように、帝塚山学園、淺沼組、大和文華館、自治会などが参画し、幾つかの視点から現代アートを通して地域を見直す試みになっているところが興味深かった。

 

また、もともと文化的な素地があり、現代アートが地域に異物としてではなく馴染んでいるところが他の地域よりも、良い意味で力の抜けた、リラックスできる空間になっているように思えた。さらに、出品作家が、奈良出身や在住者、郊外住宅地と深い関わりがあることもマレビト的な扱いにならない重要な要素になっている。地域型アートプロジェクトで起こりがちな、期間の限定された関係性の持ち方とは出発点が異なる。出品作家も1週回って、自分たちの育った、あるいは住んでいる郊外住宅地の可能性に気付いたかもしれない。


街が抱える問題だけではなく、日本の現代アートが抱える問題も解消される可能性のある場所として、次回以降も意欲的な試みに期待したい。

 

※追記
学園前は戦後に整備された郊外住宅地であり、国内の郊外住宅地同様にあまり歴史がない。また親の世代のほとんどが県外出身者である。奈良自体は日本有史以来の歴史の痕跡が残っているが、それらとの連続性はない。歴史のない自分たちの街と、数駅も行けば非常に古い寺社仏閣などがある対比的な状況を消化するのにたいていの子供は時間がかかる。その後、創作を目指した場合、比較対象として否が応でも奈良の国宝級の作品と対峙させられることになるが、その技法を学ぶ機会はほとんどない。奈良の郊外住宅地で西洋由来の現代アートを志向し、考えることは、そのような歴史ある奈良の場所性と引き裂かれた自身の生い立ちの歪みや捻じれに直結する。それらの意味でも、伝統的な数寄屋建築と近代工法であるコンクリード造を組み合わせ、近代数寄屋建築を打ち立てた吉田五十六設計の大和文華館は、奈良や日本美術の歴史を受け止め、西洋文化との歪みや捻じれを昇華した先駆例として象徴的な存在となっているといえる。

 

参考文献

 

三瀬夏之介作品集 日本の絵

三瀬夏之介作品集 日本の絵

 

 

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