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ビジュアルレビューマガジン

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デジタル・ネイティブのリアリティ「ポスト・インターネット・アートー新しいマテリアリティ、メディアリティ」三木学

展評 アート

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ULTRA AWARD 2015

2015年12月10日(火)-12月20日(日)
10:00-18:00
京都造形芸術大学 Galerie Aube(ギャルリ・オーブ)

 

昨日、京都造形芸術大学ウルトラファクトリー主催の現代アートの展覧会「ポスト・インターネット・アートー新しいマテリアリティ、メディアリティ」を見に行った。ウルトラファクトリーとは、2008年により現代美術家のヤノベケンジさんがディレクターとなって運営している、京都造形芸術大学の全学部の学生が利用できる、学部横断的な共通立体工房である。とはいっても、工房機能を持つだけではない。

京都造形芸術大学ULTRA FACTORY

 

名和晃平さんややなぎみわさん、宮永愛子さん、grafの服部滋樹さんなど、世界的に活躍するアーティストやデザイナーが、ディレクターとなって牽引するプロジェクト型の実践演習授業「ウルトラプロジェクト」をオーガナイズしている。今やディレクターが国内外の国際美術展や芸術祭、公演、プロダクトなどを制作するための原動力となっているといっても過言ではない。学生参加型の実践形式のカリキュラムは、ここ数年、様々な大学や芸術大学で行われいるが、ウルトラプロジェクトはすでに8年目を迎えており、実績も目覚ましく成功している例だといえるだろう。

 

さらに、次世代のアーティスト発掘と育成のためアートコンペティション「ウルトラアワード」を主催しており、現在まで5回開催している。応募者は作品のプロポーザルを行い、審査に通れば、ウルトラファクトリーの全面的な支援を受け、展覧会をする機会を与えられる。そして、制作費の補助、テクニカルスタッフによるサポート、バイリンガルの展覧会カタログの発行、さらに、浅田彰、後藤繁雄、椿昇、やなぎみわ、長谷川祐子、名和晃平など、国際的に発信力のある審査員による公開審査会が行われ、講評・審査の上、「最優秀賞」が選ばれる。雑誌媒体の衰退によって専門性の高いレビューが不足している今日、これだけのメンバーが集合して、評価される機会を持つだけで相当なメリットであるといえる。実際、ウルトラアワードを経た若いアーティストが各地で活躍し始めている。

 

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会場風景 
守屋友樹《compression/conflicton_景色を絶ち山を貫く》
大阪から博多までの新幹線の車中から、スマートフォンのパノラマ機能を使って、風景を「非連続的」に撮影した作品。新幹線の速度とパノラマの撮影速度が合わず、画面にはブロックノイズが生じている。また、山間部を貫く新幹線のトンネルによって、物理的にも見えない風景が現われる。大阪~博多間の全写真を繋ぎ合わせたブックレットとともに拡大写真が展示されている。

 

今年は、さらに、東京都現代美術館のチーフキュレーターの長谷川裕子さんが、キュレーター、制作指導を行う特別回として、ここ数年、現代アート界のキータームとなっている「ポスト・インターネット」をテーマにした展覧会が企画された。長谷川祐子さんは、英アートレビュー誌が、毎年、世界で影響力をもつ現代アートワールドの人物を選ぶ、Power100の2014年、2015年度で90位にランキングされており、日本人では数少ない世界的なキュレーターの1人である。今までPower100に、日本人で入ったのは草間彌生さんや村上隆さんなどの著名なアーティストであり、評価する側の立場の人間が入ったのは快挙といっていい。最近では、中東のコレクターも強い影響力があるので、徐々に表面的には西洋中心的ではなくなっているとはいえ、日本人としてはまだまだ稀有な例になる。

 

さて、「ポスト・インターネット」は、美術手帖の特集にもなっていたが、簡単に言えば、かつて仮想空間をヴァーチャル・リアリティと言ってリアル空間と区別していたような時代を経て、ネットとリアルの区別がすでに成立しない、ことである。現在では、その区別すら意識されないようになったインターネット以後の環境そのものを指す。

 

アート・ワールドで「ポスト・インターネット」というキータームが出てきたのは、2008年にアーティスト・批評家のマリサ・オルゾンがインタビューで使ったことが始まりとされる。しかし、その3年後には初期に想定していたネットとリアルの区別が溶解したので、インターネット後という意味に更新されている。その3年とは、iPhoneの発売と普及と重なる。つまり、スマートフォンの普及によって、ネットの接続が24時間可能になり、感覚も変容してしまったのである。デバイスのモバイル化が、区別を無効化した最大の要因といってもよい。

 

問題はここからで、そのように劇的に変わった環境において、アートの表現も変容していっている。特にデジタル・ネイティブと言われる若い世代に顕著で、主に80年~90年生まれのアーティストにとって、あらかじめあった環境に近く、その感性も自ずと違ってくる。今回、展覧会「ポスト・インターネット・アートー新しいマテリアリティ、メディアリティ」は、現在のIT環境を当然として過ごしてきたアーティストがどのようなリアリティや感性、美学を持ち、どのようなマテリアルやメディムを駆使して表現するかがテーマになっている。それは長谷川祐子さん自身のポスト・インターネット世代の感性に対するサーベイにもなっているだろう。

 

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講評をする宮島達男氏
出品作家の村上美樹と彫刻作品《ミミズの痕跡》
布団を内部に入りながら縫い上げていき、その痕跡が彫刻となる作品。傍らのモニターには内側から撮影した内視鏡のような映像が流れている。内臓や体性感覚をテーマにしており、あまり例のない手法で興味深い。その面白さをいかに、鑑賞者にわからすかというアドバイスが行われた。

 

僕は、ウルトラファクトリーの一部業務をサポートしている関係もあって見に行ったのだが、昨日は東北芸術工科大学の副学長で、世界的に著名なアーティストである宮島達男さんの講評があった。宮島さんは、さすがにアーティストとしての視点で、的確な批評と指導を行っていた。

 

ここで出品作品の内容について、詳しく種明かしをするのは控えておくが、全体的に言えるのは、世界の認識やコミュニケーションをネットを介して、当たり前のように行っており、身体や物質に対して確実であるという意識がまったくないことであろう。だからこそ、その不確かな現実をアートによって定着させようとしているように思える。

 

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虎岩慧+日惠野真生《Structure and Things》
ギャルリ・オーブを3DCGの仮想空間に写像し、置かれた物体や他作家の作品が映像内で高速で変化していく。また、現実空間に置かれた物体も、日々変化し、移動していき、映像内のメタ展覧会場と実際の展覧会場が交差したりすれ違ったりする。3DCGの映像はウェブにアップロード及び更新され、ネット上でも拡散していく。

 

他方、可変的な形態のインスタレーションも幾つかあったが、それは可変的で分散的な現在の環境に形を変えて適応しようとしているといえるかもしれない。つまり、この環境の中で過剰適応しようとするか、ネットに回収されないマテリアルを使って、何とか物理や身体に留まろうとするかのどちらか、である。それは同じ環境の異なる側面であるといえる。

 

結局のところ、スマートフォンを介した、世界への接触が飛躍的に多くなり、かつてのように明確にリアルとヴァーチャルのような分け方ができなくなったときに、モダニズム的な物理的な支持体自体がなくなり、固定できないことへの可能性と不安のようなものが混在しているといえるだろう。今日の物理空間は、現在地をGoogle Mapで確認し、写真を撮影して、SNSにUPしていくため、すぐに情報空間の中でも、認識においても等価なものになってしまう。タイムラインの情報は共有されており、どこまでが自己か他者かというのも常に相対化されるため、自己認識の境界も曖昧になり、何重もの刷り込みよって構成されることになる。

 

すでにアートを、日本画、洋画、彫刻、写真、映像などのジャンルで分類することは難しくなっていたが、今日ではさらに加速しており、技術や表現力の向上も一元的にはかることができないため、多層化した自己の関心に合う、最適なメディウムを見つけ出すことだけでも苦労している様子が見て取れた。

 

しかし、ポスト・インターネットの代表的アーティスト、映像作家であり、理論家でもあるヒト・シュタイエルは、Power100の中でも18位であり、それより上位のアーティストは2位のアイ・ウェイウェイ、11位のウォルフガング・ティルマンズ、14位のジェフ・クーンズしかいない。また、ティルマンズの最近の表現は、ポスト・インターネット的なウェブ上のサーベイやアーカイブなども多用しており、すでにアートワールド自体がポスト・インターネットに大きくシフトしているといってよいだろう。

http://artreview.com/power_100/

 

1970年代より、レディメイドを拡張させた、マスメディアのイメージからのアプロプリエーション(盗用)の手法を用いて制作していたリチャード・プリンスは、近年、インスタグラムのセルフィー(自撮り)に自分のコメント(署名)をつけて、自分の作品として展示したことで話題となった。しかも、その作品が高額で売却されたことによって、より論議を起こしている。投稿者たちの主体性は、プリンスよってハッキングされたといってよいだろう。ポスト・モダンと言われた状況は、今日のポスト・インターネットのささやかな予兆であったことが今になればよくわかる。

違法?合法?他人のインスタ写真を無断使用した作品が約1千万円で落札 アート界に物議 | Fashionsnap.com

 

一方、日本では、アートに関して、著作権法が厳しいため、そこまで大胆な盗用やハッキングをするのは難しいかもしれない。しかし、コミックマーケットなどによる同人誌の二次創作は、ある意味でハッキングの連続であるし、親告罪であるがゆえに、黙認されてきた歴史もある。これはネット動画のMADにも言えることである。しかし、同人誌もMADも著作権侵害であることは間違いなく、ニコニコ動画に関しては業界団体と協議の上、削除されるようになったたため一時のような盛り上がりは収束している。コミックマーケットに関しては、TPP締結が決まったため、非親告罪化することは決定したが、二次創作は原著作者、著作権者に経済的な損害を与えない限りは、著作権侵害の対象にならない方針は出ているが、実際法制化され、施行されてみないとわからないだろう。とはいえ、何らかの形で二次創作はネットにアップロードされ、日々増殖していくのは間違いない。

 

否が応でもポスト・インターネットやAI化する世界に抱き込まれていき、オリジナリティを支えるものが揺らいでいく中、渦中の若者はその環境でどう表現の生態圏を確保していくのか、誰もが関心があるだろう。本歌取りや二次創作の歴史を持ち、模写による伝統の継承を行ってきた日本ならではの解決策はあるかもしれない。

 

今回の展覧会に選ばれた13名と1組の作家は、すでに京都造形芸術大学を卒業した学生も多く含まれるが、アーティストとしては無名に近く、彼らの制作指導をしながら、一つの展覧会にまとめあげていく、というキュレーションのワーク・イン・プログレスのような方法であったことも興味深い。展覧会や個々の作家の作品が評価は、鑑賞者にゆだねたいが、現在の環境の鏡となっているため、多くのヒントはあるだろう。

 

特に、19日(土)14:00~から会場となっている京都造形芸術大学ギャルリ・オーブで、長谷川祐子さんを始め、制作指導を行ったヤノベケンジさん、審査員として、浅田彰(批評家)さん、遠藤水城さん(インディペンデント・キュレーター)、後藤繁雄さん(編集者/クリエイティブ・ディレクター)、椿昇さん(現代美術家)、名和晃平さん(彫刻家)、やなぎみわさん(美術作家/演出家)の公開審査会が行われので、彼らがどのような観点で評価するのか興味深い。これだけの面子が揃って、ポスト・インターネット・アートについて語る機会はそうそうないだろう。彼らの発言もそれぞれの世界認識の鏡となっているはずである。関心がある方は是非、足を運んで頂ければと思う。

 

これだけのお膳立てをしてもらえる学生または卒業生は、環境的に恵まれていると言わざるをえない。芸術祭の隆盛とは反対に、企業のアワードや、アートの批評がほとんど見られなくなっているなか、これ以上にない機会を与えられているだろう。一大学のイベントという制約はあるかもしれないが、これがすべてのアーティストに開かれたコンペだったらどうだっただろうか、という想像してしまう。インターカレッジ的なことが可能ならば、このような取り組みを拡張していくのも全体の活性化に繋がるだろう。

 

参考文献

 

美術手帖 2015年 06月号

美術手帖 2015年 06月号

 

 

キュレーション 知と感性を揺さぶる力 (集英社新書)

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