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ビジュアルレビューマガジン

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屋根と空を巡って「新国立競技場再コンペ(2)」三木学

建築 東京五輪

news.tbs.co.jp

 

新国立競技場の再コンペで提出されていた技術提案書について、審査委員会の結論が出たため、来週はJSCから意見を集約した上でどちらを選択したのか発表されるという。

 

この技術提案書には、アスリート(各競技やバックヤードの施設を含む)、観客(空調や設備)、国民(景観、経費など)、建築家など様々な観点があるが、コンセプトは縄文対弥生(以降)の対立になっていたと以前述べた。お互い木造を使っていることで、日本的と言われているが、木造建築は世界的に使われているで、素材だけで日本的というには早計である。

 

その上で、提出された2案で、建設後、内側からの視線で言えば、一番違って見えるのは屋根だろう。A案は屋根を法隆寺の垂木を意識して、ある意味でデザイン的に見えるものにしようとしている。つまり屋根が主張している。一方、B案は屋根を透明にして、なるべく意識させないようにしている。強調しようとしているのは屋根の方ではなく、空である。

 

一部、ネットで中二病とかスピリチュアルすぎる、とか指摘されていた、陰陽五行説的な説明は、意識が空に向かうことの物語設定に過ぎない。そもそもB案は、意図的に旧国立競技場を踏襲しようとしている。何度も旧国立競技場でプレーをした中田英寿などは、以前より旧国立競技場が一番好きな会場と答えており、その理由として空が広いからと述べている。つまり、スタンドの勾配が緩やかで、お椀というより、皿のような形をしており、空が広く見えるのだ。

 

都会の中心にある競技場において、空が広く見えるというのは深く印象に残るポイントだっただろう。1964年の東京五輪の際には、自衛隊の飛行機が五輪のマークを雲で作るという演出が行われ、旧国立競技場にいた観客が空を見上げている様子が映像記録としてしっかり残っている。市川崑監督で記録映画の名作とされる『東京オリンピック』においても、一番印象的なシーンであるかもしれない。

市川崑総監督が語る名作『東京オリンピック』(1) - 東京オリンピック1964 - JOC

 

つまり、B案は外側は縄文的という概念で柱を強調しながら、一方でオリンピックの起源であるギリシアの神殿的なイメージを出し、内側は旧国立競技場をできるだけ再現し、屋根の透明化を図ったのだといえるだろう。勾配の緩さにより、スタンドと会場が遠い、ということはあるかもしれないが、旧国立競技場があれだけ愛されていたのならば問題ないだろう。どちらかというと、大型映像などで補完した方が合理的だ。勾配をきつくしても、最上段から会場の詳細が見えるとは思わない。

 

技術提案書であり、審査委員もあくまでバックヤードを審査したので、結論はどうなったかはわからないが、おそらく屋根が過度に強調されたA案よりも屋根の透明化をはかることで空を強調し、旧国立競技場を踏襲したB案の方が完成したときに多くの人は納得するだろうと予想される。

 

B案の設計者と言われている伊東豊雄氏が、ザハ・ハディドのプランの反対運動に参加し、自主的に旧国立競技場の改修案を設計していた経緯から、旧国立競技場の構造について熟知していたことが大きいだろう。そして、透明な屋根に3次元カーブをつけた処理は、前回コンペで2位になったSANNAの雲のような屋根の案を入れているといえるかもしれない。SANNAの妹島和世氏が、伊東豊雄事務所の出身であるからだ。

 

どちらが選択されるかわからないが、個人的にはB案の方が多くの人の満足は得られるだろう思われる。はたしてどうだろうか?

 

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