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知的財産権と契約(2)「新国立競技場再コンペ(5)」三木学

www.nikkei.com

ザハ事務所が、前回案と今回、採択されたA案との類似性を調査するという報道が出ていろいろ憶測を呼んでいる。外観が全く似ていないのに、そのような主張をするザハ事務所について、非難の声も上がっている。また、スタンドなどはある程度、条件が決まっていたら設計的にも似るので、難癖をつけている、という印象もあるようだ。また、著作権が主張できるのかについても疑問がある。設計において、機能性のある図面などには確かに著作権はないかもしれない。

 

しかし、前回書いたように問題はそこではない。前回案は、JSCとザハ事務所との契約上、知的財産権においてザハ事務所が全てを有していることである。ザハ事務所が「知的財産権はザハ事務所にある」と主張しているのはそういう意味である。

 

だから、少しでも流用しているようなことがあれば、契約違反として違約金やライセンス料を請求することはできるし、施工の差し止め請求もできだろう。2015/7/18付の日経新聞にはすでにそのことを懸念する記事が出ている。

建築家に追加支払いも コンペやり直し、代金返還されず :日本経済新聞

新国立競技場はこれまでイラク出身の建築家、ザハ・ハディド氏のデザインを前提に設計や工事の準備が進められてきた。国際コンペをやり直すことになり、整備主体の日本スポーツ振興センター(JSC)はザハ氏側への追加支払いや、訴訟リスクなどへの対応を迫られる可能性もある。

  さらにザハ氏側は一連の設計に深く関わっていることから、競技場全体だけでなく屋根やスタンドなどのデザインについても知的財産権を持つとみられる。この権利は一定期間保護され、無断で模倣できないため「もし次に似たようなデザインが採用されたら、ザハ氏側から設計や工事の差し止めを求められる懸念もある」(JSC幹部)という。

 今は懸念したシナリオ通りに進んでいるということである。7月の時点でJSC幹部は「もし次に似たようなデザインが採用されたら、ザハ氏側から設計や工事の差し止めを求められる懸念もある」と答えており、そのことはよく理解していたはずである。

 

にもかかわらず、以下の記事では、JSC関係者がその事実をまったく理解していないようなコメントが出ている。

【新国立競技場】ザハ氏がパクリ指摘「知的財産権は我々にある」

事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)関係者は「旧計画の著作権知的財産権がどうなっているかは把握していません。ただ、旧計画(の設計や施工)には(A案を出した)大成建設と梓設計も携わっていた。ということは、知的財産権がザハ氏にあるのなら、大成と梓にもあるといえるのではないですか」と見解を示した。

 

「ウチからこの件でザハ氏に連絡を取ることはないです。もっとも著作権知的財産権の線引きは、大成や梓とザハ氏の間でやること。訴訟になっても大丈夫だから大成は公募したのだと思いますよ」(前出関係者)と問題ないとの認識だ。

 

しかし、これはまったくの勘違いとしか思えない。ザハ事務所と知的財産権に関わる契約を交わしているのは事業主体であるJSCであって、前回案でザハ事務所のプランに携わっていたからといって、大成や梓にも知的財産権があるとは主張できない。

 

もちろん、ザハ事務所は大成や梓などとも、知的財産権や秘密保持契約を交わしている可能性はある。しかし、ザハ事務所はすべての知的財産権は自分たちにあると言っている以上、契約的な根拠があると考えた方がよい。もしザハ事務所が類似性があると確認した場合、JSCが訴訟されると同時に、別の契約で大成や梓が訴訟される可能性もあるかもしれない。

 

整備主体の日本スポーツ振興センター(JSC)はザハ氏側への追加支払いや、訴訟リスクなどへの対応を迫られる可能性もある。」と7月の日経新聞の記事で書かれているように、今は訴訟リスクを具体的にどう解決するかのフェーズに変わっている。たいてい契約には管轄裁判所を規定している。おそらく東京であろうが、もしイギリスであれば、余計問題はややこしい。

 

JSCは訴訟リスク対応のために、早急に対応策を考えた方がよい。ライセンス料など、追加支払いが発生した場合、大成らに賠償金を負担させることはできるかもしれないが、工事が差し止めになったらオリンピックに間に合わないこともありうる。その賠償金を支払うのは不可能だろう。そういう意味でも今は楽観的に考えない方が得策だろう。

 

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