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ディープ・ブルーよりも深い蒼「囲碁AIの知能」三木学

www.itmedia.co.jp

1997年、世界チェス王者、ガルリ・カスパロフは、前年に勝利したIBM開発のチェス専用コンピューター「ディープ・ブルー」に1勝2敗3引き分けで惜敗した。

 

その約20年後、チェスよりもはるかに手数が多く、演算の力を必要とする囲碁において、コンピューターが下馬評を覆し、世界最強と言われるプロ棋士に全5局においてまずは1勝した。囲碁コンピューター「AlphaGo」は、人工知能(AI)企業・DeepMindによって開発され、2014年にGoogleに買収されている。Googleが誕生した1998年以降、人工知能はビックデータを「教材」として、ディープ・ラーニングを行い、人間の棋譜パターンを完全に「学習」してしまったといえる。

 

囲碁の手は、チェスよりもはるかに多い天文学的な数字であるため、それらのパターンをすべて演算しながらリアルタイムで最適手の解答を出すのは、スーパーコンピューターでも時間がかかるだろう。しかしそのようなブルドーザー的な方法ではなく、AlphaGo」は今までのプロ棋士棋譜のデータベースから、より人間に近いパターンを学習し、最適手を導き出している。

 

これはすでに人間の知能の写し鏡のようなものであり、一人で複数の人間と戦っていること近い。相手が「疲れない」「間違わない」ことを考えると、ボードゲームで人間がコンピューターに勝つことは今後ますます難しいだろう。もし勝ったとしても、その対戦ですらすぐに「学習」されていくのだから、イタチごっこの末に、いずれ負けることになる。

 

人間はそうやって、自分たちの貴重な経験の上澄みを人工知能にかすみとられ、やがてあらゆる場面で「負けて」いくのだろうか?その問いはある意味でYESだろう。

 

しかし、人工知能が人間の優秀な生徒であることを忘れてはいけないだろう。我々が教えたことを元に、それらを学習して頭脳が肥大化する。人工知能は無教師学習ももちろんあるが、人間の思考パターンの模倣をしていることには違いない。つまり人間の知能の影なのである。

 

しかし、そのすべてを模倣できるわけではない。「AlphaGoは持ち時間一杯まで使い、李氏は約30分を残していた」と報道されているように、人間は演算して手を打っているわけではない。経験や知能、感情、身体が合わさった直観である。

 

そのような直観は、総合的に判断された複雑なプロセスを経たものだ。創造的で身体的なものや、決定的な答えのない課題は学習することが難しく、人工知能が肥大化するのは時間がかかるか永遠に無理なこともあるだろう。それは影としての人工知能の存在感が大きくなることで、はっきりと人間との違いがわかってくるだろう。

 

しかし、その影は演算が主体であった「ディープ・ブルー」よりもはるかに人間の思考パターンに近く、闇も深い。知能の歴史を学習し続けるコンピューターは、人間の知能の生きたアーカイブでもある。個人としての我々が、知能のアーカイブをどのように生かすことができるかが今後の課題だといえるだろう。

 

追記

 「AlphaGo」と対局したイ・セドル九段は、対局中、「心理」が分からない手を打たれたため動揺した、という。しかし、人工知能に心はない。膨大なデータから学習した結果はじき出した最適手を打っているに過ぎない。囲碁が常に相手の手や対応をフィードバッグしつつ、リアルタイムに行われる心理戦であることがよくわかる言葉である。最終的には人工知能は、演算から感情を含めた心の問題にいきつくだろう。

 

参考文献

 

記憶―「創造」と「想起」の力 (講談社選書メチエ)

記憶―「創造」と「想起」の力 (講談社選書メチエ)