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ビジュアルレビューマガジン

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「スライドショーと音楽の新しい可能性-日本のビジュアルアーティストとPhotoMusicの試み-」三木学

www.value-press.com

 

スライドショーは写真と動画の境界領域にあり、フィルム時代において表現ジャンルとして確立されていたとは言い難い。デジタル時代においても、ビジュアルアーティストにとって、スライドショーは取り残された課題である。しかし、新しい表現ジャンルになる可能性も秘めている。


フィルム映写機の場合は、写真は連続的に見せているが、回転に伴う機械音と暗闇、時間的断絶によって、前の写真と現在の写真は違うという「幕間」のサインになっていると同時に、効果的な「音楽」の役割を果たしていた。


デジタル時代のスライドショーは、メディア的にも時間的にもつながっており、それだけに写真の切り替え時にどのようなエフェクトを入れるべきか判断が難しい。しかし、現在の切り替え時のエフェクトは、パンやディゾルブなど、動画のカットの切り替え時のエフェクトを転用しているに過ぎない。


また、デジタル写真をスライドショーにする場合、音楽を入れなければ、鑑賞に耐えるものにはならない。ビジュアルアーティスト自身が音楽を作れない限り、他者が制作した音楽を利用するため、著作権者への許諾をとらなければならない。もし著作権利用の許諾が取れたとしても、他者が制作した音楽で、写真表示のタイミングや全体の時間を調整することは難しい。


PhotoMusicはそれらの課題を解決するとともに、新しい表現としてのスライドショーの制作を支援する。PhotoMusicは、画像の配色から音楽を自動生成して、画像と連動した音楽の再生やスライドショー形式の動画を作成できるPC向けのソフトウェアである。


PhotoMusicでは画像1枚から1つの楽譜に変換され、楽譜から音楽が生成される。したがって、画像が変わると音楽も変わるため、画像と音楽の切り替え時のタイミングは完全に一致する。画像の表示時間の伸縮に合わせて、音楽のテンポも自動的に調整される。


画像は赤、橙、黄、緑、青、紫、灰の7色に分解され、7つの楽器(音源)と対応している。初期設定では、進出色の暖色(赤、橙、黄)、後退色の寒色(青、紫)による色彩遠近法に合わせている。暖色には刺激の強い弦楽器系、寒色には刺激の弱い木管系を選択しているため、必然的にオーケストラに近い編成となり、視覚と聴覚の遠近感が連動して相乗効果をもたらす。ただし、楽器やビート、テンポ、各種のパラメーターを変更することで、より多様で自分の感覚に合った音楽を作成することができる。


分解された色彩は図形楽譜に変換され、図形楽譜から音楽を生成している。色分けされた図形楽譜は、音を視覚的に表現しているため、音楽の特徴の直観的な理解を促す。また、生成された音楽から画像が想起される。


さらに、画像の色彩的特徴からエフェクトを自動生成し、今までにない画像、色彩、楽譜、音楽を組み合わせた多彩なスライドショーを制作することができる。


また、ソフト開発にあたり、音から色が見えたり(色聴)、色から音が聞こえたりする(音視)、感覚器官と知覚が交錯する現象である共感覚の原理を応用し、異なる知覚の変換と連動による新しい知覚及び表現の開拓を目指した。


共感覚は、先天的に与えられたもののみが体験できる特別な知覚現象である。芸術の歴史においては、カンディンスキー(画家)やオリヴィエ・メシアン(作曲家)のような芸術家が共感覚者とされ、イメージと音楽を交差させる表現を行うことで影響を与えてきた(ただし、共感覚的要素はすべての人に存在するとされる)。


興味深いのはこのソフトを使っていくと、風景から音楽が聞こえるような錯覚が起こることである。それは後天的共感覚といえるだろう。また、デジタル画像は物質性がないので、触ることができない。しかし、音源を楽音から効果音に選択をすることで、デジタル画像を「触る」ような感覚が起きることも、このソフトが未知の知覚を開拓している証拠になっている。つまりスライドショーの探求は、知覚の境界の探求でもある。


そして、ビジュアルアーティストが作品から連動する音楽を容易に作れるため、スライドショーという境界領域の表現の可能性を広げる。ビジュアルアーティストがPhotoMusicを使って独自の音楽やスライドショー表現がどこまでできるか、今回、将来を有望視されている日本の中堅・若手の写真家・画家などのビジュアルアーティストにスライドショー作品の制作を依頼した。

 

参加アーティストは全員、音楽を作曲することができないが、ソフトの様々な機能を使い驚くほどバラエティのある作品を制作している。それはイメージの中に音楽・音が潜像している証拠であるといえるのではないか。


第二次世界大戦後、日本のカメラメーカーは世界的な人気になり、それに伴い日本の写真人口も爆発的に増加した。近年、荒木経惟森山大道などの戦後の日本の写真家が世界的に評価される機会も多くなっている。また、デジタル時代の若手の躍進も目覚ましいが、世界的な認知度はまだまだ高くはない。スライドショーの取り組みを通して、日本の写真家を中心としたビジュアルアーティストの様々な表現を世界へ紹介する機会になればと思う。

 

開発に当たって写真家・著述家で、2007年、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館のコミッショナー、あいちトリエンナーレ2016芸術監督など国際的なキュレーターとしての経験も豊富である港千尋がスーパーバイザーとなり、ソフト開発のディレクターを色彩研究者でもある三木学が担当、音楽生成のアルゴリズムを、日本のレゲエ・ミュージックの第一人者であるDOZAN11(旧名 三木道三)が担当した。また、デザインを谷本研、UIを木村利行、プログラミング兼プロデュースを南方郁夫(クラウド・テン)が担当した。

 


港千尋 | Chihiro MINATO 《Colorscape de France#1》

 


港千尋 | Chihiro MINATO 《Colorscape de France#2》

 


港千尋 | Chihiro MINATO 《Colorscape de France#3》