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港千尋+三木学『フランスの色景-写真と色彩を巡る旅』

 『フランスの色景』と旅の始まりby三木学

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

 

 

前回、特別号として台北立法院の学生による占拠についてのレポートをお送りした。その後、港千尋さんはそれらの経緯を『革命の作り方』(インスクリプト、2014)という一冊の本にまとめた。特別号はまさに立法院の占拠の最中の出来事を記録したものであり、フォトメールマガジンという媒体でしか伝えられない速報性の高い内容になったと思う。今回は、港さんと私が共編著で制作した『フランスの色景-写真と色彩を巡る旅』について、先日京都のアート系書店MEDIA SHOPで開催された刊行記念トークイベントの内容もあわせてご紹介したい。

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初期における共同研究は、私が勤めていた会社で制作した画像の色彩解析のためのソフトウェアの機能向上がテーマであった。画像検索エンジンのために作られたシステムは、画像から色名を解析する機能を持っていたが、港さんの的確なアドバイスにより、色空間(色立体)に画像の配色を分布させる機能が加わった。

そして、色名と色空間という二つの側面から画像の色を把握、分析することができる画期的なソフトとして幾つかの賞を頂いた。その後、ファッション、プロダクト、景観色彩、医療、カラーマーケティングなどの色彩関連業界で、主にプロユースの解析システムとして浸透していった。

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今回、ソフトのデモをお見せしたことのある青幻舎の安田洋子さんからオファーを頂き、色彩の本を作ることになった。それに際し、業務で使っていた分析手法を芸術作品の色彩分析に応用することにした。基本的には、2012年に港さんがMMFギャラリーで開いた「旅の色、色の記憶-フランスのパレット」展に合わせて色彩分析をしたアイディアが下敷きになっている。

そして、産業界のような分類ではなく、ファッション、プロダクト、景観などが連続的に続いている日常風景を総合的に分析するということと、港さんの住まいもあり、豊かな色彩文化と色彩研究の土壌があるフランスを分析対象にすることにした。もちろん、多様なフランスの色彩文化のすべてを表せるわけもなく、あくまで港さんの視点と写真を通した分析である。

「色景(Colorscape)」という名称は、景観色彩のような特定分野ではなく、色彩環境全体を表し、さらに景色を色彩分析し、色の3次元構造に分解することで、色を中心とした「色景」に反転して見えてくる、という意味も込めた。

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本の制作は、港さんがフランス全土で撮影した写真40枚を私が色彩分析して、そのレポートを港さんが見た上で感想と写真の文化的背景を書いていく、という工程で行った。港さんが驚いたのは、すべての写真に見られる傾向として色空間の分布に補色(色相環の反対色)の配色が散見され、色空間内でバランスがとれているということだった。

瞬間の撮影であるスナップショットで、高度な配色の判断がどの程度でできるのか、まだ脳科学や神経生理学でも解明されていない。どのような色彩環境においても色空間内で配色のバランスがとれていることは驚くべきことで、フランスの配色の大きな特徴であるといえる。そしてそれを支える色彩感覚が港さんとフランスの人々の双方にあるはずである。まずそのような配色は日本の風景ではほとんど見られないだろう。

また、フランスの伝統色名と日本の慣用色名、系統色名を抽出することは、フランスと日本の色彩感覚の違いをある程度明らかにしている。フランスは彩度が高めの中間色の色名が多く、今日の日本のように無彩色と極端な高彩度色に二分化した色彩環境とは違う色空間の厚みがある。また、食べ物や飲み物由来の色名が多いことは、味覚との共感覚や異なる経験世界へと連想を広げている。以上のようなフランスの配色について、ミシェル・シュブルール、ジャン・フィリップ=ランクロ、ミシェル・パストゥローなどの個性的な色彩研究者の成果を援用しつつ、新たな視点を提示している「色景総論」も必読である。

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トークイベントでは、港さん、デザインを担当した谷本研くん、私の3人が揃って、その場で本に掲載された写真を解析するデモンストレーションをしながら本の内容を解題していった。

元々、パソコンで稼働するソフトウェアを本というメディアに変換しなければならないので様々な苦労があったが、谷本くんの様々な工夫もあり、非常に完成度の高いものになったと思う。トークイベントではその制作工程でもある、解析のオペレーションをダイナミックに見せることでより理解度が深まったのではないだろうか。その様子については、本メールマガジンに限定公開のURLにアクセスできるようにしたので、是非ご覧頂きたい。

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トークイベントの最後には、本の刊行直後に起こったシャルリー・エブド襲撃事件や、港さんが芸術監督となったあいちトリエンナーレ2016のテーマ「虹のキャラバンサライ-創造する人間の旅」にも少し触れている。色彩が多文化理解のキーになることもこの本を通して少しは伝えられるのではないかと思う。

shadowtimesでご紹介した色彩に特徴のある複数の写真家が見に来てくれたことも嬉しい出来事だった。レンズやプリズムなどのガラスの研磨技術が、写真の発明と近代色彩学の飛躍に大きな貢献をしたことは明確な事実である。そして現在、デジタル技術の発達によって、写真と色彩が大きな結合を迎えつつある。多くのアーティストのセンサーもそこに焦点が合ってきていることを彼らの関心の高さが雄弁に物語っていた。「写真と色彩を巡る旅」は始まったばかりである。それは新たな日本の色景を生んでいくだろう。

Photo:(C)MEDIA SHOP

追伸:

トークイベントの内容が京都新聞に掲載されました。『フランスの色景』の今までにない色彩研究の試みの意義は、本の概要を説明しているサイトだけではなかなか伝わりにくいのですが、新聞で紹介してくれたことで多くの人々の関心を呼んだようです。参考までにURLを記載しておきます。

「日仏で対照的な色彩感覚 同じ写真で対応の色名分析」
京都新聞 2015年3月6日(金)
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20150306000076

『フランスの色景』刊行記念トークイベント/2015年2月20日(金)@MEDIA SHOP
ttps://www.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=yJdMBvkbWnM&app=desktop

港千尋、三木学『フランスの色景-写真と色彩を巡る旅』(青幻舎、2014)3,400円(+税)
http://www.amazon.co.jp/dp/4861524733/