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多田ユウコ『Strolling in between: Deer and people on Wakakusayama hill.』(山遊鹿々人々図)三木学

 

 多田ユウコさんは、実家が神社であり、自覚する以前から「日本的なるもの」が周囲にある環境で育った。この作品は、奈良にある若草山の「環境」を被写体にしており、関西圏でない方でも修学旅行で行った人も多いだろう。

全面芝生の低い山で、人間に馴れて警戒心のない鹿と、老若男女、外国人などの観光客が思い思いに過ごす空間であり、その「間」に居心地の良さを感じる不思議な場所である。眼下には奈良盆地、遠方には生駒山系が見え、下界から「浮いている」ように感じる。
多田さんは、人と人、鹿と鹿、人と鹿が時に近く、時に遠くなりながら絶妙な「間」を保つ状態を切り取ろうとしており、連続的なシークエンスによってそれらとランドスケープとの関係を明らかにしようとしている。しかし、若草山が神体山である春日山と隣接しているため、神と人との「間」の空間であることを見過ごしてはならない。若草山にいる鹿はそもそも春日大社の祭神の神使であり神と人との媒介者でもある。
だからこそ、彼女がテーマにしている「間」を表現することのできる最適な場所なのだろうし、それは育った「環境」とも無関係ではないだろう。「日本的なるもの」は単体で表現することは難しいが、彼女は場所の持つ「間」、被写体同士の「間」、写真と写真の「間」によってそれを表現していると言える。そして、そのような日本人の持つ繊細な感性をどのようにすれば海外に伝えられるかという課題を我々も常に考えており、それが彼女の作品集を海外市場で電子書籍として販売させて頂いた理由でもある。
この作品集は2012年に海外向けのKindle版としてリリースしたが、今回はPDF版としても発売を開始したので関心のある方は是非ご覧頂きたい。

多田ユウコ『Strolling in between: Deer and people on Wakakusayama hill.』(PDF)
原題:山遊鹿々人々図
定価:10ドル
テンポプレス、2013

https://gumroad.com/l/vpKK

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