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「色を塗って地域を変える」三木学

 

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昨日のEテレ「スーパープレゼンテーション」は、オランダの二人組のアーティストによる、街の色を変えるプロジェクトの紹介であった。この番組は、TEDというアメリカで始まった世界的に活躍するプレゼンターによる講演会を紹介する番組だ。TEDはビル・クリントンアル・ゴアなども出演したことがある世界的な講演会として知られている。毎回、驚くようなプロジェクトや、感動的な講演を紹介しているので楽しみにしている人も多いだろう。

 

TEDは、Technology Entertainment Designの頭文字を使っているように、もともとは技術、エンターテインメント、デザインを中心としたもので、アメリカの情報アーキテクチャー第一人者リチャード・ソールワーマンが設立した。ソールワーマンは、5つの帽子掛けという、人間が認知できる基本的な分類法を提案し、革新的な電話帳やガイドブックを手がけ有名になった。

 

その5つとは、場所(Location)、アルファベット(Alphabet)(あるいは50音)順、時間(Time)、カテゴリー(Category)、階層(Hierarchy)であり、略してLACHと言われている。それは認知科学的にも理に適っているので、なるほどと思う人も多いだろう。現在の情報デザインやインフォメーショングラフィックには多大な影響を与えている人物である。

 

TEDの運営は2002年以降、クリス・アンダーソンに引き継がれ、2006年から動画配信されるようになったため世界中に認知されるようになった。また、TEDの姉妹版が世界をで開催されるようになっり、映像アーカイブがボランティアによって各国の言語に翻訳されていることも大きいだろう。

 

昨日のプレゼンターは、オランダ出身のアーティスト、イェルン・コールハースとドレ・ウアハーンというアーティストのデュオである。彼らが街の人と一緒に、建物をカラフルに塗り変えて、文字通り街の雰囲気を変える一連のプロセスを紹介しており、面白く感動的な話であった。

 

もとは、テレビディレクターの経歴を持つウアハーンが、ドキュメンタリーを撮影する目的で、ブラジルのリオデジャネイロの北にあるファヴェーラのヴィラ・クルゼイロを訪問した。麻薬や犯罪など、とても治安が悪くて知られるところで、丘陵地帯になっている街は、すべてが無計画で未完成であり、塗装されておらず構造体のレンガが丸出しになっている家がたくさんあった。

 

それを見ていて、家にペンキを塗れば面白いんじゃないかと思いつき、数件の家をペインティングするところからプロジェクトは始まる。1件目のプロジェクトで大いに評判になり、ガーディアン紙にも紹介される。2件目のプロジェクトは、コンクリートで覆われていた斜面を川に見立て、日本風のタトゥーのアーティストと一緒に全面をペインティングする。それに1年を費やし、その後、移住することになる。

 

その際、ちょうど、警察と麻薬組織の抗争が激化したのだが、住民は助け合い、バーベキューでもてなすことが行われる。その過程で、アートプロジェクトよりも、住民とのコミュニケーションの過程の方が重要なのではないかと考えるようになる。つまり、心を塗り変えることが色を塗り変えるためのポイントだと気付いたのである。逆もまた真なりである。

 

その後、丘陵の街を塗り替えるプロジェクトは進められ、より多くのボランティアを集めることに成功した。もちろん、バーベキューによるコミュニケーションは必須である。面白いのは誰も提案しない呆れるほどの規模のプロジェクトの方が喜んで人は集まるという指摘である。確かに、日常のトリガーを外された方が祝祭性が高まる。こじんまりとしたアート・プロジェクトに陥りがちな日本の地域プロジェクトには教訓となる話だろう。

 

その画像がSNSを通して広がったのも今日的である。色のプロジェクトは視覚的にわかりやすいので、インターネットでも拡散しやすい。それが、フィラデルフィアの貧困地区の壁画プログラムにつながる。そのときとった手法は、リオの経験を活かして、まずバーベキューで住民と交流をはかり、住民を雇って塗装を教え、さらにデザインも共同で作っていった。プロジェクトは成功し、グループはフィラデルフィアから感謝状をもらうことになる。

 

ここで、最初のリオの丘、ヴィラ・クルゼイロに戻る。資金調達をするために、丘全体を塗る件数や、塗料、人件費などを最初は計算していたが初期に計画するのは無理があると気付く。また、プロセスの中で生まれる魔法(偶然性の出会い)が失われることも出てくる。

 

それで、クラウド・ファンディングによって資金調達をし、丘全体を彩色するアイディア以外は、全体計画を立てず、ボトムアップで進めていく方法を選んだ。それもまた彼らの成功の要因だろう。インターネット以降の企業もそうだが、未来を予想することが不可能な場合は、やりながら機動的に方向を変えていくことの方が重要になってきている。そして、偶然性の出会いや恩恵に気付き掴むこと。

 

色を塗って地域を変える、というこのテーマには様々な示唆的なことが含まれている。住民とのコミュニケーションやボトムアップ式の進め方にいきついたのも、色が誰にでもわかりやすいから、共感を得たとい前提が大きい。そして、街の色は全体計画では作れないというのも面白い教訓である。世界の街の「色景」は、そうやってできているし、相互のハーモニーによって出来上がるのが一番である。規制だけでは豊かな街並みはできない。もっと根幹のところで、共感し合うことが大事であることをこのプロジェクトは教えてくれている。

 

このプロジェクトは主に貧困地域を、高彩度のカラフルな色に塗り変えることで、雰囲気を変えていくことが取り上げられているが、地域に応じて色の使い方はいろいろ工夫できるだろう。貧しさと色の貧しさの相関はかなり大きなポイントである。だから、すべての街を高彩度の多色配色ににすればよいという問題ではないが、住民の色への意識の高さやバリエーションの豊かさ、ハーモニーは地域や心の豊かさと確実に関係している。

 

 参考文献

 

それは「情報」ではない。―無情報爆発時代を生き抜くためのコミュニケーション・デザイン

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情報選択の時代

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知の編集工学 (朝日文庫)

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フランスの色景 -写真と色彩を巡る旅

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