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港千尋『ヒョウタン美術館』三木学

 

ヒョウタン美術館 “The Gourd Museum

ヒョウタン美術館 “The Gourd Museum"

 

 

tsite.jp

 

代官山 蔦屋書店が選ぶ「代官山BOOK DESIGN展2015」に港千尋さんの『ヒョウタン美術館』が選ばれたという。『ヒョウタン美術館』は、グラフィックデザイナー松田行正さんの主宰する出版レーベル、牛若丸が制作しており、毎度、実験的でユニークな造本に定評がある。

 

ヒョウタン美術館』も、「表紙からカバー、オビまで蝋引きして透けるようにしてみました。」というコメント通り、ページが光沢性を帯びて、ツルツルしており、蝋引きをしなかった本文部分以外は透けている。そのユニークな造本はたちまち話題になった。

 

港さんと松田さんのコンビでは、かつて『アンフラマンス/梱包されたデュシャン 』という、デュシャンの《グリーンボックス》のオマージュのような、箱型の本が制作されている。

 

今回は、港さんが長年追いかけてきた「ヒョウタン」をモチーフにした、アートと人類学的な考察についての内容であり、『ヒョウタン美術館』という名前のとおり、本を美術館に、章立てを展示室として見立て、ヒョウタンに関しての考察や図版を回遊できるようにしている。

 

港さんが「ヒョウタン」に興味を持っているとい聞いたのはずいぶん前のことで、その当時の僕には何が面白いのかいまいち理解してなかった。港さんが研究対象としてのヒョウタンに出会ったのは、2002年から2004年までのオックスフォード大学に客員研究員として滞在したときに、同大学にあるピット・リヴァース博物館にある、世界中から集められたヒョウタンの遍在性と、その多様な使われ方に関心を抱いてからだという。そういう出会いをしていたことはつゆ知らず、港さんはその後もヒョウタンを追い続けてきた。

 

再び、港さんからヒョウタンの話を聞くことになったのは、shadowtiemsで台北ビエンナーレのレポートを書いて頂いた2012年のことだ。台北ビエンナーレ2012の協同キュレーターとなった港さんは、ヒョウタンをモチーフにしたアートや分析を提示してビエンナーレ期間中に「ヒョウタン美術館」という仮想の美術館を開館した。

 

ヒョウタン美術館では、世界各地に伝わるヒョウタンの歴史と特に中国、台湾、日本で発展したヒョウタン芸術をモチーフに、ビエンナーレの全体テーマである「怪物としての歴史」を独自の視点で提示することになった。それは港さんの専門分野でもある、芸術人類学、映像人類学的な視点を導入し、台湾をテコにして歴史、場所を越境する人類学的な広がりを持つ展示となった。

 

いわばこの本は、その台湾で開館された仮想の美術館、「ヒョウタン美術館」のカタログのようなものである。ヒョウタン美術館の試みは、マルセル・ブロータス
「現代鷲美術館 Musée d'Art Moderne, Départment des Aigles」を想起させる。ただし、ブロータスのような美術館の再定義や再発明というよりは、実際に最古の栽培植物の一つであり、プリミティブな容器として人類史の原初から使われてきているとともに、神話、音楽、絵画、詩、陶芸などのアートの容器=母である事実を、仮想美術館という体裁をとりながらウィットに富みながらも真面目に?記述されていく様子が面白い。

 

内容は非常に広範囲で深いものなので、この美術館はヒョウタンのように一筋縄では読み解けない。版型は小さいが、1~7の展示室と、音楽堂、ブックショップまで兼ね備えた一大美術館である。

 

しかし、港さんの指摘している、新石器時代の幕開けの前に起こったいわゆる「縄文海進」という、温暖化によって世界中の海が、陸を飲み込み、大洪水が起きた時期と、ヒョウタンが世界中で栽培された時期が重なるという事実は興味深い。世界中に残る洪水の神話にヒョウタンが出没する記述もリンクしている。

 

港さんはヒョウタンの器としての汎用性の高さから、瓢器時代というものがあるのではないかと提唱している。そして、石器は滅んでも、瓢器はまだ世界中で健在であり、新たな温暖化の時代を迎えている現代において、ヒョウタンから学ベることは多い。

 

ヒョウタンという人類の原器を巡る旅はまだまだ続く。そして、ヒョウタン自体が人類の記憶を司るミュージアムでもある。つまり、この本はヒョウタンの美術館であると同時に、ヒョウタンは美術館であるという宣言にもなっているのだ。

 

参考記事

note.mu

 

参考文献

 

 

アンフラマンス/梱包されたデュシャン

アンフラマンス/梱包されたデュシャン