shadowtimesβ

ビジュアルレビューマガジン

スポンサーリンク

結局エンブレムとは何なのか?「紋章、家紋、エンブレム-東京オリンピックとデザインの行方(6)」三木学

 

紋章の歴史―ヨーロッパの色とかたち (「知の再発見」双書)

紋章の歴史―ヨーロッパの色とかたち (「知の再発見」双書)

 

 

東京五輪エンブレムに盗作疑惑が噴出してから、もう1カ月以上経つ。戦後のグラフィックデザイン界を牽引してきた一人、審査委員長の永井一正氏が、ついに審査過程の一部について取材を受け始めている。いままで組織委員からコメントを止められていたという。あまりに遅い対応だったといわざるをえないが、少しでも国民が納得するよう努力するしかないだろう。

http://www.asahi.com/articles/ASH8T5VXCH8TPLZU005.html

 

永井氏は、「個人的には、ほかの応募案や審査の過程も公表した方がいいと思う」と述べており、コンペの応募者の了解を得る形で、最終候補案などを公開して、選考理由を述べるか、修正指示をしたという佐野研二郎氏の初期案とその指示内容と修正過程についても明らかにした方がよいだろう(選考過程については記者会見を開くらしい)。

http://www.kobe-np.co.jp/news/zenkoku/compact/201508/0008341979.shtml

 

公開すれば余計に混乱を招く、という指摘もあるが、国民は多くの一流のデザイナーが提出した他の案と比較してもなお、審査委員が佐野研二郎氏の案が選んだ理由に納得を得たいのである。もちろん納得しない人もいると思うが、デザインがクライアントとの合意形成が必要条件である以上、クライアントである国民に候補案が示されないのはフェアではないだろう。

 

コンペに参加していなかったデザイナーが、自身が考えた五輪エンブレムを公開する動きがあるが、それがデザインの優劣はともあれ、ネット上で一定の支持を受けるのは、候補案が公開されないのが最大の原因である。佐野研二郎氏のデザイン以外の案を見たいという国民のニーズに応えているに過ぎない。それを優劣で断罪したり同業者が非難しても、余計に反発を招くので止めた方がいいだろう。その動きが嫌なら正攻法で国民に問うことを働きかけるしかない。

 

それはともあれ、そもそも「エンブレム」とは何なのか?ということをずっと考えていた。まずデザイン業界でもエンブレムという言葉を使うことはほとんどなく、ロゴやロゴマーク、シンボルマークと言ったりするだろう。

 

エンブレムというのは、西欧で発達した学問である紋章学でいえば、逆三角形の盾(エスカッシャン)の中の図柄(チャージと言われる部分)を指す。つまり、紋章の一部であるということである。

 

紋章学とはフランスの著名な紋章学者、ミシェル・パストゥローによると下記のように定義される。

「紋章学とは、紋章を研究する学問である。紋章は、ある個人、家族や団体に固有で、一定の紋章規則によって構成された色つきのしるしと定義できる。この規則の存在によって、中世ヨーロッパの紋章体系と、軍事用と民間用を問わずその他の時代のすべてのしるしの体系が区別される」

 

紋章が誕生したのは、ミシェル・パストゥローの『紋章の歴史』によると、「紀元1000年前後の封建社会の変容と、11世紀末から12世紀初頭の武具の変遷に起因する」とされている。第一次十字軍と、第二次十字軍との間に急速に普及したのは、鎧のマスクによって、個人の区別がつかなくなったため、アーモンド型の盾の表面に目印となる図柄を描くようになったことに由来する。

 

戦士以外にも紋章が広がったのは、戦旗、馬飾り、陣中着のほか、法人格の象徴である印璽につけたことが原因ある。そして、身分証明、注文や所有、装飾モチーフとして12世紀からフランス革命前まで普及した。

 

1696年には、フランス国内で使われている紋章をすべて調査し、登録するよう王令が発布された。理由は反仏アウクスブルク同盟との抗争で資金不足となった国庫の穴埋めをするために、紋章登録に20リーヴルという登録料を課したのである。しかし、紋章はフランス革命で、貴族階級や封建主義の風習として一時禁止された(本当は貴族階級だけではなく、一般庶民にまで浸透した文化であった。復活した後は、かつてほど紋章は使われなくなった)。

 

日本の家紋は西洋の紋章の仕組みにかなり近い。西洋のような膨らんだ三角形の形ではないが、個人から始まり、その後、家系を表す図柄として西洋と同じように12世紀頃から普及した。そういう意味では、日本の家紋が今日のロゴデザインに応用にされるのは必然であるといえる。

 

広義のシンボルマークには、紋章や家紋も含まれる。ロゴは図案化・装飾化された文字・文字列のことだが、ロゴマーク和製英語)のようにシンボルマークとなっている場合もある。

 

オリンピックには、いわゆる五輪のオリンピックシンボル(Olympic symbols)が制定されている。Wikipediaによると「ピエール・ド・クーベルタン古代オリンピックの開催地の一つであるデルフォイの祭壇にあった休戦協定を中に刻んだ五輪の紋章に着想を得て製作し、1914年にIOC設立20周年記念式典で発表された」という。

 

エンブレムというのは、シンボルに近い意味であるが、Wikipediaによると「観念または特定の人や物を表すのに使われる図案を指す。具体的にエンブレムは、神性・部族または国家・徳または悪徳といった抽象概念を視覚的な用語で具体化させたもの」という意味合いがある。だから、オリンピックシンボルがすでにあるので、大会ごとのシンボルマークはエンブレムと言われるようになったのではないかと想像できる。

 

1924年パリオリンピックのエンブレムは、盾の枠内に図案化したものなので、紋章の伝統に沿っているといえる。つまり、オリンピックエンブレムは、オリンピックシンボルと差別化する意味で、エンブレムとなりその名称からも、西欧の紋章の歴史を引き継いだといえるだろう。

http://matome.naver.jp/odai/2133933538578885601?&page=2

 

そういう意味では、亀倉雄策が1964年のオリンピックエンブレムを、赤と金で家紋などが入った豊臣秀吉の陣羽織からイメージしたというのも家紋の伝統を持つ日本からすれば必然だったかもしれない。

http://withnews.jp/article/f0150727001qq000000000000000G0010501qq000012304A

http://www.joc.or.jp/column/olympiccolumn/memorial/20080508.html

 

ただ、エンブレムという名称自体は、西欧文化や紋章に由来しており、日本人には伝わりにくいだろう。そういう意味では、そもそもエンブレムの役割や、エンブレムの意味は何なのか?ということを、歴史を遡って考え、提示することもデザインの大きな役割であろう。

 

参考文献

紋章の歴史―ヨーロッパの色とかたち (「知の再発見」双書)

紋章の歴史―ヨーロッパの色とかたち (「知の再発見」双書)

 

 

 関連記事

 

shadowtimes.hatenablog.com

 

 

shadowtimes.hatenablog.com