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ビジュアルレビューマガジン

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「未だ見ぬ景色を求めて」山内 亮二

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身体はすごく疲弊していた。冷房のよく効いた観光用の少し広々としたバスの車内に乗客は数人。僕は夢うつつに窓の外に流れる夕暮れの景色を眺めていた。

バンコクでの滞在も10日ほどが経ち、この日は少し北上してアユタヤの世界遺産を日帰りで周ってきた。バスでの移動は1、2時間くらいだったと思う。北バスターミナルからアユタヤ行きのバスに乗ったのは昼過ぎだった。アユタヤに着くと気前の良いトゥクトゥクのおじさんにお願いして、帰りのバスまでの時間に主要な遺跡や寺院を周ってもらった。

 

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 アユタヤ王朝は17世紀初頭には東アジアとヨーロッパを結ぶ国際貿易都市として栄えたが、ビルマ軍の侵攻によって400年以上続いたその歴史は幕を閉じた。破壊され廃墟と化した王宮や寺院、無惨に斬首された仏像群などインターネットでは何度も見かけたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。

斬首の文化は先史時代の頭蓋骨崇拝から始まり、美術品や今尚続く斬首処刑など世界中にあるということを前に何かの本で読んだことがある。世界中にある斬首の文化に対して僕は明確な答えを持っていないが、眼前の斬首された仏像は強く死を感じさせ、圧倒的な恐怖を刻印されるようであった。しかし同時にそれらは美しいトルソーのようにも見えた。僅かな時間ではあったが、人間の創造と破壊の文化に触れるには十分だった。

 

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タイへ行ったのは2012年の7月初旬、今から3年ほど前になる。滞在の前半はバックパッカーの聖地と呼ばれるカオサン通り沿いの宿を拠点にバンコクを周遊した。カオサン通りでは毎日大きなバックパックを背負った観光客がやってきては旅立っていった。通りは毎晩お祭りのようで、朝方まで音楽が鳴り響いていた。

ソリッドギターにロン毛の青年、ハスキーボイスのおばさん、渋いロックンロールスタイル。初日の夜だったか、彼らの奏でるワンダ・ジャクソンやジミヘンの曲が妙に街にあっていて印象的だった。僕は完全にその雰囲気に呑まれて、毎晩記憶がなくなるまで酒を飲んでいた。

訪れる前のイメージとは微妙に異なり、バンコクは適度に欧米化していた。入れ替わりやってくる羽振りのよい観光客は都市を構成する重要な要素で、この街にたくさんのお金を落としているようだった。ただ時折、現地の若者たちは呆れたように冷ややかな目線を僕らに投げかけていた。

 

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毎晩朝方まで低音の振動が鳴り響くカオサンで長く居ることはできなかった。日々疲労が蓄積され、ストレスが溜まっていった。それゆえ滞在の後半は静かな郊外の宿へ移動した。僕は適当なバスに乗り、気になる場所でバスを降り、街を遠くから眺めるように色々な場所を見て周った。バスの乗客のほとんどは現地の人たちだった。僕は好んで窓際の席に座り、流れる景色を眺めた。観光客だらけの状況に疲れてきていたのもあって妙に居心地がよかった。

 

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僕は異国の地にやってくると必ずと言っていいほど行く場所がある。それはその土地の動植物が観られる場所や施設だ。バンコクではスネークファームという毒蛇・感染症研究所を訪れた。スネークファームは1923年にラーマ5世の異母兄弟ダムロン親王の娘が狂犬病で亡くなったことをきっかけに、タイ赤十字社の協力によって創設されたらしい。

単純に蛇見たさに行ったというのもあるが、蛇と人間の関係の歴史に興味があったというのが本当の理由だ。その歴史は根が深い。蛇は世界各地の原始信仰の中に存在してきた。その多くで蛇は豊穣や生命力(性)の象徴として人々に崇められてきたし、中国では龍のモデルになったという説もある。また、ウロボロスのイメージとして不老不死や完全性、循環性の象徴として多くの文化で扱われている。それぞれの文化で様々な扱われ方をしているが、その本質は人間の欲望と強く結びついている。

そんなことに思いを巡らせながら、静かでひんやりした施設の中でゆっくりと蛇を観察した。当たり前だが日本よりも色彩の鮮やかな蛇ばかりだった。僕は自分が見てきたタイの文化と蛇との繋がりを記憶の中の都市に探していた。

 

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実際のスネークファームは適度に観光地化されどこにでもありそうな動物園のようだった。好例のスネークショーが始まると、いかにも博士といった雰囲気の人が慣れた語りで場を和ませ、スタッフたちが見事に蛇を操って観客を楽しませた。そして最後には大蛇を首に巻いて記念撮影をしてショーは幕を閉じた。大蛇を首に巻く行為はいろんなことを連想させた。しかし、そんなことはお構いなしにカップルたちは大蛇と共に幸せそうにキスしていた。かつての信仰とは遠いようで近いなんとも言い難い状況を僕は楽しんだ。

 

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視覚情報に依存した生活に慣れてくると世界は均質化していっているように感じるが、実際はそんなことはない。植物は動物と同じ様に光や物理的な刺激に反応して運動し、その場所の光や地形、気候などの風土を反映している。そして、その形状や分布は独自の生態系と場所固有の風景をもたらすきっかけになっている。また、街には歴史が刻まれたモニュメントから個人的なものまでさまざまな痕跡が残っているし、仮に現代都市が部分的に均質化しているとしても、この世界には人間に変えることの出来ない、制御不可能なことが多々ある。風土が人や文化に与える影響は計り知れない。全ては影響し合い、繋がっているのだ。

 

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アユタヤからのバスがそろそろバンコクに着くころ、西の空に異様な光景が広がっていた。彩雲と呼ばれる気象現象らしいが、空に広がった巨大な虹の染みは超常現象でも起きているのではないかと思うほどだった。バスターミナルに着くとその場にいた全ての人が空を眺めていた。

タイ語はほとんど分からないので人々が何を話していたかは分からないが、人々が感じていたことはだいたい同じだろうと思えた。自然のスペクタクルに対して、僕の気持ちは変に高揚していた。そして次第に陽は沈み、夜が訪れた。自然崇拝の始原を垣間見たような気がした。そして様々な思いが頭の中を駆けめぐっていた。

 

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バンコクの旅では、事前のリサーチは最小限にして、どちらかと言えば直感的に街を歩きまわった。それにも関わらず、あらかじめ用意されていたかのようにイメージは結ばれていった。まるで自分の奥底にある何かの意思に導かれているような気さえした。

右手の対に左手があるように、男と女がいて、昼と夜が繰り返される。ほとんどの生物は生と死の循環でもって種を存続させている。僕らはそんな自然の仕組みに様々な考えを巡らせ、翻弄され続けている。しかしそこにあるのは変えることのできない単純かつ複雑な世界の構造でしかない。

 

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写真を通して世界を知覚していくことは、現実との比較の中で過去を想起していくことである。様々なイメージの連鎖の中で人間の築き上げてきた多様な文化やその創造性について深く考えていくと、今までとは別の視点に立っていることがある。その瞬間、世界は全く別の見え方をする。見えている世界の中に未だ見ぬ景色を求めて、僕は記憶の中の都市に思いを巡らせる。

 

山内 亮二(ヤマウチ リョウジ)
1986年岐阜県生まれ。2011年名古屋学芸大学大学院メディア造形研究科修士課程修了。13年コニカミノルタフォトプレミオ入賞。15年ニコンサロンユーナ21
現在愛知県を拠点に写真作家として活動しており、グローバリゼーションがもたらした均質的な都市像の背後に潜む文化の多様性に興味を抱き、アジアのグローバル都市を中心に巡っている。都市を人が生きてきた痕跡として写し撮り、変化し続ける都市の新たな一面を探っている。
主な写真展に、13年「Quiet River, Seoul」(コニカミノルタプラザ)、15年「Musing in the Land of Smiles」(新宿・大阪ニコンサロン)などがあり、14年スライドショーイベント「INDEPENDENT LIGHT Vol.6 NAGOYA-AICHI」(c7c)に参加している。

 

作家WEB :http:// www.ryojiyamauchi.com