shadowtimesβ

ビジュアルレビューマガジン

スポンサーリンク

インタフェース特許とデザイン「iPodクイックホイール特許権侵害」三木学

www.sankei.com

 

携帯音楽プレーヤーiPodユーザーインターフェースであるクイックホイールが特許権侵害をしているとして、山梨県の日本人男性がアップル日本法人に100億円の損害賠償請求をしていた。そして、最高裁が上告を退ける形で、特許権侵害を認め3億3千万円の支払いを命じた2審知財高裁判決が確定したという。

 

この日本人男性は、日本でしか特許をとっていなかったので、特許権侵害を起こす権利は、日本にしかなった。米国特許をとっていて勝訴していたならば、100億の桁にいったかもしれない。

 

しかし、個人が大企業に特許権侵害を訴訟して勝つケースは極めて珍しい。日本の家電が勃興した理由として、戦後の西側市場経済の中に入れたことと、人件費が安かったこと、そして、アメリカが特許を日本に対した安く開放してくれたことがある。

 

家電が強くなって、アメリカの家電メーカーがほとんどなくなった80年代には、アメリカは特許政策をがらりと変え、プロパテント政策に変更した。現在のアメリカのIT企業の勃興はその延長線上にある。逆に、日本の家電のITの凋落の一因に、特許戦略が不在という問題は大きい。

 

特許権侵害といっても、明確に侵害であると判断できる例は珍しい。だから、訴訟された相手は、そもそも侵害していないと主張するか、特許無効審判を起こして対抗する場合がある。特許にはそもそも新規性と進歩性が条件なので、その二つのどちらかがない、つまりすでに公知の技術であったとか、以前あった技術から容易に類推できる、と主張して無効にするのだ。無効にしてしまえば、特許権自体、消滅してしまう。

 

日本の家電大手は、そういう理由もあって、お互い特許権で争うことを避けてきた。両方商品が多いので、相手が訴訟をしてきたら、あなたの会社もうちの会社の特許を侵害している、という泥仕合になることも多い。その場合は、クロスライセンスといって、お互いの特許を自由に使える契約を結んで終わらしてしまう。

 

一方、個人や中小企業が、大企業相手に訴訟して勝つというのは、別の要因もあって難しい。日本の場合は、大企業から仕事が降りてくる場合が多いので、そこに歯向かうことは、もう仕事が得られないということとイコールになるので、訴訟に踏み切れないという問題がある。もう一つは、弁理士事務所も弁護士事務所も、大企業から仕事をもらっているケースが多いので、 なるだけ訴訟をしたくないという理由もある。ということで、実質、特許権をめぐる訴訟は限られてしまう。

 

アメリカの場合、最近ではパテント・トロールといって、世界中から有効な特許だけを調査して買い取り、大企業に訴訟をして損害賠償を得るという会社がある。その場合、攻めるだけなので、大企業に遠慮はまったくいらなくなるし、クロスライセンスを結ぶ必要もない。これは一種の社会問題と化しており、規制する動きもある。

 

今回の場合は、日本の個人が起こした裁判で、相手がアメリカの日本法人という、そもそも利害関係がほとんどなく、これからもない、ということで訴訟に踏み切れたことがも大きいだろう。

 

しかし、アップルの巧みな特許戦略からすれば、この負けはかなり痛いと思われる。3億円程度ならどうってことないのだろうが、問題はユーザーインターフェースに関する特許で負けたということである。アップルの近年の特許は、ほとんどユーザーインタフェースに関することで、知財の資源を集中して投下している。

 

理由は、ユーザーインタフェースはソフトウェア特許などと比べて、特許権侵害がわかりやすく、類似品を作る企業を訴訟しやすいということが大きい。ソフトウェア特許になると、違うプロセスで同じ結果を得るような方法をいくらでもとることができ、訴訟をすり抜けることはそれほど難しくはない。しかし、ユーザーインタフェースは目に見えるものだから結果が同じになると特許権侵害と判定しやすい。これはアップルがユーザーインターフェースとデザインに拘る大きな理由となっているだろう。つまり、今回アップルは自社の戦略をそのままやられたことになる。

 

ユーザーインタフェースとデザインの関係は極めて近く、ユーザーインタフェース・デザインといったりするように、技術領域とデザイン領域の中間にあるようなものだ。インタラクティブなものだと、デザインはユーザーインタフェースにもなる。そういう意味でもデザイナーが、特許権侵害に加担する可能性もあるし、また、発明者の1人に名を連ねることもあるだろう。

 

日本は国内で特許権訴訟をあまりしない間に、世界から取り残されつつある。実際、特許権利訴訟の経験のある弁護士も少なく、企業にも経験者が少ない。もっとも力を入れているのは大編成の知財部を持つキヤノンや、特許が主要な価値を持つ創薬会社になるが、今回の訴訟は新たな時代が来たことを示唆している。これからはデザイナーも新たな知識として、ユーザーインターフェース特許権についての知識は不可欠になってくるだろう。

 

参考文献

 

黒船特許の正体-Apple、Amazon、Googleの知財戦略を読み解く- (OnDeck Books(Next Publishing))

黒船特許の正体-Apple、Amazon、Googleの知財戦略を読み解く- (OnDeck Books(Next Publishing))

 

 

キヤノン特許部隊 (光文社新書)

キヤノン特許部隊 (光文社新書)

 

 

知って得する ソフトウェア特許・著作権 改訂六版

知って得する ソフトウェア特許・著作権 改訂六版