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写真をアートへ導いた大きな流れ「ベッヒャーとその教え子」三木学

www.art-annual.jp

 

夫ベルントと共に、ベルント&ヒラ・ベッヒャー(ベッヒャー夫妻)として知られる、現代写真界の巨匠、ヒラ・ベッヒャーが逝去したというニュースが流れてきた。夫のベルント(1931~2007)はすでに逝去している。二人は20世紀写真に大きな足跡を残しただけではなく、次の世代へ様々な可能性を引き継いだ。

 

彼らが歴史の表舞台に立つのは、1975年のジョージ・イーストマン・ハウスで開催された「ニュー・トポグラフィックス:人工的風景の写真」展だとされている。そこには、ベッヒャー夫妻のほか、ロバート・アダムス、ルイス・ボルツ、フランク・ゴールケ、ニコラス・ニクソンらが含まれ、それまでの牧歌的な風景写真から、人が介入した人工的風景を新しい手法で撮影する大きな流れが紹介された。

 

ベッヒャー夫妻は、ドイツの溶鉱炉や給水塔など、近代産業によって作られた歴史的建造物、今でいうなら近代産業遺産を、無名の(アノニマスな)彫刻として、曇天というほぼ同じ光の下で、同じ機材を使い、正面から撮影することで、カタログ的に収集、展示することを行った。それらは同じ機能と形を持つ建造物のバリエーションであり、人工物の形態学だといえる。彼らはその手法を類型学(タイポロジー)と名付けた。

 

彼らの写真は、写真表現だけではなく、60年代に勃興したコンセプチュアル・アートの文脈で評価され、観念と現実を写真を介して結びつける方法として、今日の写真を使ったアートの道を切り開いた。同時に、デュッセルドルフ 美術アカデミーにて教鞭をとり、彼らのクラスからは、トーマス・シュトルートトーマス・ルフアンドレアス・グルスキーなど、タイポロジーを咀嚼し進化させた一連の写真家たちを輩出し、ベッヒャー・シューレ(派)と呼ばれるようになった。

 

今日におけるベッヒャーやベッヒー・シューレの影響力は大きい。現在、デジタル写真の普及により、写真を使わないアートはすでにないといっていいくらいであり、写真界のみならず大きな参照項となっているのは間違いない。近年、現実とバーチャルやネット社会がシームレスになり、現実といえるイメージも物質的なものだけではなくなっている。しかし、ベッヒャーの表現は例えば、AIなどとも親和性はあるだろう。ベッヒャーの功績が再評価されるのは、もしかしたらもっと後のことになるかもしれない。

 

参考・関連文献

Typologies of Industrial Buildings

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カラー版 世界写真史

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