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異なる知覚とイメージの交感-中屋敷智生・松田啓佑・ 水田寛「Dribble」三木学

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中屋敷智生さん作品

 

「Dribble」展
場所:2kw gallry, 2kw 58
開催期間:2016年2月8日(月)~2月20日(土)
開廊時間:12:00~19:00(土曜12:00~17:00)
休廊日:日曜日休廊

2kw GALLERY CURRENT EXHIBITION

 

先日、中屋敷智生さんがオーガナイズした松田啓佑さん、 水田寛さんとの3人展「Dribble」を2kw galleryに見に行った。あいにく中屋敷さんは不在だったので詳しいお話を聞けなかったが、一度お会いしてから度々連絡していることもあり、そこで得た内容も含めて感想を書きたい。

 

中屋敷さんとお会いしたのは、知人の展覧会場だった。僕と中屋敷さんを含めて、そこで数人でアート談義をしているとき、僕の近眼の話になり、その流れで中屋敷さんは色弱であると教えてくれた。色弱というのは、人間の目の網膜は、可視光線の波長を3つの赤、緑、青の錐体細胞によって分光するわけだが、いずれかの錐体がないか、2つの分光感度がオーバラップしているため、色再現の幅が限定的になることをいう。

 

特に赤と緑の錐体細胞は、進化の過程で分岐したとされており、赤と緑の分光感度がオーバーラップしているために、赤と緑の弁別がつかない色弱のタイプの人は一番多いとされる。だから、かつては赤緑色覚異常と呼ばれたりしていた。日本人では男性の約5%、女性の0.2%ほどいるとされ、パイロットなど高度な色弁別を要する仕事などにはつけないこともある。

 

画家もまぎれもなく、色を専門的に扱う業種なので、色弱者の中屋敷さんが画家であることにまず驚いたのと、彼の描く絵をHPで見せてもらい、色彩の豊富さ、鮮やかさ、そして統制された配色のバランスにさらに驚いた。そして、どうやって色を認識しているか、と聞いたら、絵の具の名前(色名)と、色の知識によって自分の見える色から推測しているという。

 

つまり、見えない色を、名前と想像で補っているというわけだが、これは経験のなせる技といえるが、かなり難しいことだろう。一方でやはり配色に独特のパターンがあるようにも思えた。それで、前職で色彩分析ソフトの開発に携わった経緯もあり、その後も芸術作品の色彩分析などを行っていたので、中屋敷さんの作品を色彩分析させてもらうことにした。そうすると、やはり明度と彩度、いわゆるトーンの分布がまとまっていることがわかった。

 

いわゆるトーン配色といわれる配色方法で、多色配色をするのに向いている。色数を多くしても、画面が混乱せず、バランスをとるための方法だといえる。西洋人の画家は非常に上手い人が多いが、日本人はトーンの感覚はあまりないので、絵画作品にもデザインにもあまりみかけられない。

 

中屋敷さんは色相が見える範囲が限られているため(極端に言えば、青と黄色の2色、後は茶色と無彩色)、トーンの感覚が発達したのだろう。本人に聞いたら、実際、色相は分からない部分があるので、コントラストで調整しているという。だから、中屋敷さんの時に色数が多く華やかな配色を扱いながら、全体的にバランスがとれているというのは、あながち特異なことではなく、制限の中で工夫した帰結といえるかもしれない。

 

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中屋敷智生さん作品

 

さて、前置きがが長くなったが、展覧会は2部屋に分かれた大きなスペースで、3人展でありながら、一人の作家の出品数も多かった。中屋敷さんは大きな絵を一枚と、後は中くらいの作品、小さな作品で揃えていた。本物を見るのは初めてだと思ってたのだが、昨年のアート大阪で勝又公仁彦さんの作品が飾られていた部屋に、中屋敷さんの作品も展示されており、どことなく覚えていた。

 

他の作家と比べて、明らかに質の違う色の使い方で、色彩観が確立されているように思える。滴り落ちる虹のようなモチーフもさることながら、やはり背景の色に独自性がある。もちろんトーンは整っているのだが、そこに微妙な濃度の違いを加えており、うねるような表現にしている。これは微細なコントラストの表現といえるだろう。錯視のように、チカチカするところまではいかないが、知覚に微妙な刺激が加わるのは確かであり、これが絵をキャンバスから引き離してて、イメージをのみを浮遊させる絶妙な効果になっている。これが中屋敷さんの知覚の特性によるものか、あるいはもっと意識的なものなのか、今後詳しく聞いてみたいと思った。

 

そして、今回の展覧会ではもう一つ気になることがある。中屋敷さんがオーガナイズした展覧会であり、松田啓佑さん、水田寛さんともに、以前から着目していたという。しかし、中屋敷さんには、 正常色覚の人と比べると、2人の作品も違って見えているはずである。多くの画家の中で、松田啓佑さん、水田寛さんの作品になぜ着目したのか。

 

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松田啓佑さん作品(手前2作品)

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水田寛さん作品

 

松田さんの作品は、色数は少なく、濃い色で筆致と形を強く残す描き方で余白が多く、逆に水田さんの作品は色数は多く、不定形に分割されたキャンバスを色面で埋めつつ、四角につなぎ合わせ、その上を強い色が横断していくような独特な描き方になっている。ただ、共通点をあえて挙げるとすれば、2人とも抽象画であるが、色によって形を作るタイプの作品である、という点であろうか。中屋敷さんには、知覚しやすい「色の形」に関心をもったと言えるかもしれない。

 

しかし中屋敷さん自身の作風は、具象的でキャンバスは微細な色で埋められ、虹のようなモチーフ以外は、色で形を作るタイプではない。微細なトーンで見分けている分、そこまで強いコントラストを使って「色の形」を作る必要はない、ということだなのだろうか?

 

どちらにせよ、中屋敷さんは、うねる配色によってキャンバスからイメージを空間に浮遊させ、松田啓佑さん、水田寛さんは異なったアプローチの「色の形」によって、イメージを浮遊させている、といえる。「ドリブル」と題され、異なる知覚によって描かれたイメージの交感(パス)は、作家同士だけではなく、展示空間の中で、鑑賞者にも知覚の変化や新たな認知の回路を与えているだろう。

 

付記

中屋敷さんから連絡があり展覧会の経緯を教えてもらった。最初に以前から注目していた画家の一人であった水田寛さんに参加を依頼したそうだ。そして、水田さんにも注目している作家を選んでもらい、松田啓佑さんにも参加を依頼したそうだ。中屋敷さんは松田さんのことも注目していたのでとても喜んだそうだ。そして、3人でミーティングをもち、「ドリブル」というタイトルをつけたのとのことである。展覧会は反響が大きく、会期中に行ったトークイベントも大いに盛り上がったそうである。ちなみに、水田さん、松田さんともに自身の作品は具象であると認識しているそうである。それを聞いて「色の形」が目立つ理由がわかった気がした。

 

たまたまiPhone色弱シミュレーションアプリ「色のシュミレータ」を持っていたので、カラーユニバーサルデザイン機構が提唱する色弱タイプであるP型(いわゆる第1色弱・赤色弱)の色の見えで、展覧会場を撮影してみた。これはP型強度にあたるものなので、中屋敷さんの場合はもう少し細かい色弁別があると思うが、参考までに紹介しておく。

 

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色のシミュレータ

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