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デザインは誰のものか?「東京オリンピックとデザインの行方」三木学

www3.nhk.or.jp

先日、発表された東京五輪エンブレムが、ベルギーのデザイナーがデザインした、ベルギーの劇場のロゴと酷似しており、盗作しているのではないかというニュースが話題を呼んでいる。

 

 

これほどデザインという言葉が使われ、そして問題になったのは初めてだろう。日本デザイン史においても、後々記憶されることになるだろうし、ある種の分岐的だったと言われるかもしれない。

 

新国立競技場、東京観光ボランティアユニフォーム、そして今回の東京五輪エンブレムと立て続けに問題が起きている。新国立競技場の場合は、デザイン以上に建設費の問題が大きいが、流線型のデザインがその主たる原因だとされている。

 

建築、ファッション、グラフィック、この全てに対して、デザインという言葉が使われており、デザインという概念がいかに広いか改めて理解できる。最近では、いわゆる意匠の範疇外のものにもデザインという言葉が使われている。

 

ビジネス・デザイン、コミュニケーション・デザイン、ソーシャル・デザイン、情報デザインなどなど、人間関係から商取引、情報に至るまで、デザインの概念は拡張し続けている。デザインという言葉の潜在性がいかに広いかがわかるだろう。

 

それは、今回の東京オリンピックを巡るデザインの問題とも無関係ではない。おそらく、今回一番課題となっているのは、デザインを決定するにあたっての合意形成にある。

 

要するに、国民のいら立ちは、自分が関与してない間に、自分の好みでもないデザインを、自分の税金を元手に決定されたことにある。つまり、国民がスポイルされたまま、デザインが決められたことに反感を覚えているのだ。

 

デザインは好き嫌いがあるので、優劣についてが最大の課題ではないだろうが、多くの国民が、これではないどれか、を選択したいという気持ちにかられている。

 

今日のような情報化時代において、専門家が正しく、国民の審美眼が劣っているということは考えにくい。それなら、多くの候補の中から、国民がデザインの選択に参加できるようにした方がいいだろう。そのような過程を経て決まったものは、誰も文句は言うことはないだろうし、責任者が誰か論争になることもあるまい。政治家や官僚はそのようなフレームワークこそすべきだったかもしれない。

 

例えば、「東京スカイツリー」の名称は投票で決まったため、その後、ダサいと文句を言い続けている人を少なくとも僕は知らない。ある程度、妥当だとみんな思っているのだろう。

 

デザインとは、結局のところ、クライアントとデザイナーによって決められる合意形成の結果であり、それが国立や都立のような公的なものならば、主権者たる国民ができるだけ参加出来た方がいいに決まっている。デザインが、コミュニケーションやソーシャルといったような、関係者が参加する形で概念の広がりを見せるのは必然だといえるだろう。

 

東京オリンピックという、もっとも注目度が高く、国民の参加度も高いイベントにおいて、このような問題が浮上するのは当然といっていいかもしれない。今、考えればなければならないのは、本当の意味でデザインを民主化することだろう。

 

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