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監視される監視カメラ「インターネットと監視社会」三木学

 

監獄の誕生―監視と処罰

監獄の誕生―監視と処罰

 

 

肉まん買う客の姿もくっきり 防犯カメラ映像丸見え「全く想定外の状況だ」 セブン社員2500人が奔走 (withnews) - Yahoo!ニュース

 

 世界中の監視カメラを閲覧できるサイトが話題になっている。なぜ監視カメラの映像を、管理者じゃない人が見られるのか?すでにテレビでも大きく報道されるようになっている。

 

要するに、インターネットを介したネットワークカメラの初期IDとパスワードを変更していないため、誰でもがアクセスできるようになっているということのようだ。つまり、管理者が知らない間に、設置業者の怠慢?により、自らネットワークにつないで、世界中に開放しているという状態にあるのだ。それが日本を含めた世界中にあるというから驚きである。

 

監視カメラの種類は多様で、日本でもコンビニの店内、商店街の通行路、もっとプライベートな保育園の親御さん用のカメラ、独居老人用の見回りカメラ、さらには、銭湯の脱衣室まであるというから驚きである。抑止や安全のための監視カメラが、逆に在、不在を世界中に流し、犯罪者に情報提供しているのだ。

 

このような監視カメラがネットに接続されたのは、90年代からで、初期においては研究室のコーヒーメーカーに向けて固定カメラをつけるだけで、アクセスが殺到するほど珍しいものだった。その後、インターネットカメラは、世界中に取り付けられ、各地の風景をネットで閲覧できるようになったが、「監視カメラ」というより、観光目的が多かった気がする。2000年代の初頭に、世界中のインターネットカメラを探して、キャプチャを取り、映像で世界旅行をするという趣旨のコラムを旅行雑誌に掲載したことを覚えている。

 

それから15年ほどたち、より手軽にインターネット回線を使って、遠隔監視できるカメラが流通した結果、特定の管理者によって閲覧されるはずの映像が、世界中に開放されているという事態が起こったというわけである。監視カメラがアクセスフリーかどうか監視されているのである。

 

イギリスなどでは、警備会社が多くのカメラを同時に監視するために、クラウドソーシングで不特定多数の人にアクセスさせる場合があり、それに対してプライバシーの侵害なのではないか、という問題が起きていると聞いたことがある。それと同じように、我々はどこの誰か知らない人々を監視できるのである。

 

そこで事件が起きれば、まるでヒッチコックの『裏窓』の世界であるが、すでに我々は常に誰かに監視される社会に突入している。そして、監視されることを自ら望む場合もあるのだ。近年、事件が検証されたり逮捕されるのは、かなり監視カメラに依存しているので、世の中が物騒になると、監視カメラを積極的につけようという機運が高まる。安全や犯罪抑止のための監視カメラをつけようとするのである。

 

フーコーが功利主義者、ベンサムの一望監視の監獄「パノプティコン」を『監獄の誕生』で紹介したのはよく知られているが、その円形上の監獄では、中央の監視塔から一望監視できるようになっており非常に効率的であるとされる。しかし、パノプティコンの本質は、監獄にいる囚人からは常に監視塔(監視者がいるかどうかわからなない)が見え、囚人は常に監視されていることを意識し、内面化されることにある。

 

その理屈でいえば、我々は、犯罪者を抑止したり、捕まえるために、監視カメラをあらゆるところに設置し、逆説的に社会全体を監獄化しようとしているともいえる。つまり、今や社会自体がパノプティコンなのである。しかし、我々は囚人であると同時に監視者でもある。監視カメラを眺め、時にカメラマンとなって、事件や事故を撮影する。現在の多くのニュース映像は、視聴者からの提供によるものだ。

 

さらに、今回のニュースでは、監視者すらも、監視されるというフェーズに入っていることを示したともいえる。監視者の背中にも監視者がいるのだ。「新・映像の世紀」において、東西陣営のインテリジェンスが利用していた監視技術は今や誰でもが使うことができる。しかし、監視していることさえも監視される可能性がある。我々の社会は複雑に入り組んだ監視社会に突入しようとしているといえる。

 

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