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印象・日の出の異なる印象「モネ展」三木学

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印象・日の出 - Wikipedia

www.ytv.co.jp

先日、京都市美術館のモネ展に行き、おそらく初めて「印象・日の出」を見た。おそらく…と書いたのは、あまりに印刷物の「印象・日の出」を見ており、モネの展覧会もたくさん見ているので、見たような錯覚を起こしているからである。

1874年の第一回印象派展に出品され、印象派の名前の由来にもなっているので多くの人は知っているだろう。「知っている」レベルはたくさんあるが、印刷物やウェブなども含めて見たことがあるということで言えば相当な数になるはずである。

 

モネに対する関心はたくさんあるが、もっとも興味のある点は、「色の恒常性」についての問題である。「色の恒常性」は、最近、タンブラーで公開された青と黒のドレスの画像が、金と白に見えるニュースで話題になったので聞いたことがある人も多いだろう。

 

人間は物質本来の色を同定すために、どのような光の状況下においても、同じ色に見えるように脳が処理するようになっている。つまり、正確な色(何を正確とするかは別の議論とする)を見ているわけではなく、物体に当たる様々な光の変化をできるだけ差し引いて、平均的な?色を認識しているといえるだろう。

 

脳内で「色の恒常性」が働くことで、光の影響を補正するので、画像だけ見れば、青と黒にもかかわらず、金と白であると判断するということが起こる。

 

モネの試みが興味深いのは、人間の脳が不随意に行っている「色の恒常性」の機能に抗おうとしたことだろう。それは「ルーアンの大聖堂」や「積みわら」などの連作の試みに顕著である。

 

モダンアートのアーティストの脳の働きを分析している、著名な神経生物学者のセミネール・ゼキは、「実際モネは色覚異常が疑われるほどまでに主要な波長を強調している」と述べ、色覚異常のため「色の恒常性」が働いていないという可能性を検討した。しかし、結論的にはそうではなく「モネが作品を完成することができたのは、恒常性のメカニズムを可能な限り凌駕する記憶と知性が必要だったのである」と述べている。

 

つまり、モネは、脳が勝手に補正する機能を、記憶と知性で抗い、出来る限り瞬間の光を捉えようとしたのである。そして、「モネが速やかに通り過ぎていくはかない印象を描いたのではなく、また(脳との対比としての)眼で描いたのでもないことが明らかにされた」と結論づけている。

 

今日、写真で撮影するとしたら、モネのやろうとしたことは簡単かもしれない。そもそも「色の恒常性」はカメラにはないので、ホワイトバランスなどでわざわざ調整しなければならない(フィルムカメラなら、ホワイトバランスはないので、フィルターなど)。しかし、瞬間に変わる光に対応できるほどカメラは高精度ではない。何もしなくても、カメラは瞬間に変わる光しか捉えられないのだ。

 

逆に、人間の脳はあまりに高精度のため、光の影響を見る瞬間から補正していく。それを別の脳の働きを使って、ある瞬間だけ描くために時間を遡る作業を延々繰り返していたのがモネだといえるかもしれない。

 

話を「印象・日の出」に戻すと、何十枚もの複製のイメージが頭にこびりついているので、その記憶を取りはらうために何度も何度も順番待ちをして間近で作品を見た。(「印象・日の出」の前は、立ち止まらないように通り抜け用のロープで囲われ、立ち止まりたい人はロープの後ろから見るようになっていた)。

 

そして、ようやく過去の複製物ではなく、眼の前にある「印象・日の出」と対峙できるくらいになってから、今までの印象とかなり違うことに気付いた。一つは、画面の光沢性である。素早く描かれたものの油分が多いのか表面がツルツルしている。また、日の出に反射していたのと、朝靄のせいか、他の作品ほど海が暗く描かれてないため、空と海が溶け合っているように感じる。筆致として強く残っているのは主に波と太陽だけある。

 

美術館のやや演出的な照明を差し引かねばならないが、かなり光沢性があり、空気感を押し出した表現だったように思えた。ターナーの影響があるにせよ、朝靄の中で乱反射している空気と環境全体を描こうとしたように思える。油絵の具の光沢性はその意味でも必要だったのだろう。

 

海と空の、青から緑色の表現も、印刷物の色再現とはかなり異なるように思うが、決定的なのは光沢性であろう。光沢性は2次元の印刷物やモニターでは再現不可能である。もしかしたら、「色の恒常性」を複製物に応用して考えた場合、何十枚もの複製物の色の差分をとれば、現物に近い色再現になるのかもしれないと妄想していたが、光沢性があると難しい。

 

結局、油画のような光沢性や筆致の立体的な痕跡のあるものは、現物を見ないと正確な意図はわからない。モネは、アトリエで描くことも多かったというが、結局、実物を見た瞬間の光景を、脳を駆使していかに再現するか苦心していたことだろう。晩年に白内障を患ってからは、対象物がはっきりせず、抽象画のように見える作品もあったが、彼ほどの画家なら記憶で補完することができたはずだ。おそらく彼にはそのように見えており、それに忠実であろうとしたのではないだろうか?どちらにせよ、モネは眼はもとより、素晴らしい脳の持ち主であったことは間違いない。

 

参考文献

 

脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界

脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界