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ビジュアルレビューマガジン

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連面と続く人類と作像の歴史ーデイヴィッド・ホックニー&マーティン・ゲイフォード『絵画の歴史』(青幻舎)三木学

 

絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで

絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで

  • 作者: デイヴィッド・ホックニー,マーティン・ゲイフォード,木下哲夫
  • 出版社/メーカー: 青幻舎
  • 発売日: 2017/02/01
  • メディア: 大型本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

デイヴィッド・ホックニーは、ポップ・アートの先駆者としてデビューし、20世紀後半から現在に至るまで、もっと影響力のあるアーティストの一人である。現在、テートブリテンで60年に渡る画業を振り返る大回顧展が開催されているが、常に新しいメディアを駆使して画法が変わり続けるホックニーにおける「変わらないもの」が逆に見えてくるかもしれない。

※ホックニーの画業に関するオーバービューは、IMAに寄稿したので関心のある方は是非ご覧頂きたい。

 

作品だけではなく、ホックニーの芸術に関する深い見識が話題となったのは、『秘密の知識』においてである。『秘密の知識』は、ホックニーがアングルの小さな絵を見たときに、その正確な描写に対する「違和感」とレンズ歪みの痕跡を見出したことに端を発する。その微妙な歪みに気づくことができたのは、写真をいち早く取り入れ、写真の新しい表現方法を確立させたことでも知られるホックニーの眼ならではであろう。

 

そして、写真が公式に発明される1839年以前から、多くの画家は何等かの光学機器を使っていたのではないかと推測をはじめ、自身もカメラ・ルシーダという、レンズを使ったデッサンの補助器具を使いながら、絵画と写真の歴史を再解釈していく大著である。そして、カメラの前身器具を使ったことで有名な17世紀のフェルメールをはるかにさかのぼり、1430年頃のフランドル地方まで起源が求められることを突き止める。そこでの結論はつまり線遠近法の発明自体が、広義の意味でのカメラの産物であり、遠近法がカメラを生み出したという歴史観とは逆の画家と光学機器との深い関係だった。

 

『絵画の歴史』は、『秘密の知識』の続編とも位置付けられるが、その射程ははるかに長く、そして広い。洞窟壁画や古代エジプトの絵画から、iPadのドローイングまで、人類と画像の歴史をまさにノンリニアに縦横無尽に語りつくしたものだ。画像と書いたのは、この本の意図するPictureが教義の「絵画」と呼べるものではなく、絵画、写真、映画、アニメーション、デジタル画像から、洞窟壁画、古代エジプト、中国美術、日本美術に至るまで、人類の作った全ての3次元から2次元に変換された画像(Picture)を対象としているからである。

 

Pictureに進歩はない、と言い切るように、刻々と変わりゆく、人類の画像の歴史を進歩として捉えているわけはない。確かに、素晴らしい洞窟壁画の描写と、現在のCGのどちらが優れているとか、進歩しているとか語るのはナンセンスである。ただはっきりしているのは、何時の時代も人間は画像を作り続けるという事実であり、描写方法に歴史上、地球上でハイパーリンクのように類似性、関連性が見られることである。網の目のように貼られ繋がるホックニーとゲイフォードの対話は、アビ・ヴァールブルクの「ムネモシュネ・アトラス」を想起させる。

 

とはいえ、このようなホックニーの視点が注目されるようになったのは、今日において、写真が真実を写しているという呪縛が徐々に解けていることと無関係ではない。デジタル写真、特にスマートフォンやタブレットが普及したこの10年で、デジタル画像は猛烈な勢いで世界を覆い、インフレ化、陳腐化している。そして、それが真実を写しているとは誰も思はなくなっている。デジタル画像はどのようにでもフェイクすることが可能だ。この世に真実の画像など一つもない。あるのは誰かの視点のみである。

 

写真が登場して、絵画は死んだかのように思えたが、今日に至ってみればどちらかといえば死んだのは狭義の写真の方である。しかし、絵画も写真も同じ画像という平面に立ってみれば、Pictureの変遷に過ぎない。そこにおいては、絵画も写真も映画もない。画像があるだけであり、人が画像を作り続けるという変わらない事実だけが横たわっている。人類が存在している限り、画像は作り続けられるし、ホックニーというそれを体現しているアーティストだからこそ、このような本が書けたのだ。

 

参考文献

 

秘密の知識<普及版>

秘密の知識<普及版>

 

 

めくらない巨大な絵本『Big Book おおきなかぶ 』『うらしまたろう』(青幻舎)三木学

 

Big Book おおきなかぶ

Big Book おおきなかぶ

 

 

Big Book うらしまたろう

Big Book うらしまたろう

 

 

bigbook

Big Book おおきなかぶ | 青幻舎 SEIGENSHA Art Publishing, Inc.

Big Book うらしまたろう | 青幻舎 SEIGENSHA Art Publishing, Inc.

 

360度開いてくり抜かれたページをまたぎながら物語が展開される、360°BOOKなど、規格外のユニークな本を企画することで今やすっかり青幻舎の名物編集者になった、苑田大士くんがまた新たな「本」をプロデュースしたことを知らせてくれた。

 

今度は巨大な絵本である。とはいっても、ページをめくったりはしない。折りたたまれた巨大な紙を最初からすべて開くことで初めて絵本になる。これは本という構造を根本的に無視したもので、もはや本とはいえないかもしれない。なぜなら、本は閉じられた、あるいは綴じられた束を少しずつめくることで物語が展開されるからだ。つまりこの本はネタが最初からばれてしまっているのだ。

 

ただし、この本の作りには大いに賛同するところがある。一応、子供用に想定されたこの本は、逆にいえばめくらなくてよい。絵本をめくらなければならないというのはこれまた根本的な欠点でもある。なぜなら、幼児はめくることが得意ではない。だから、どうしても紙を厚くして持ちやすくするか、両親がめくらなければならない。それでもうまくめくれないこともあるし、両親にしても横に寄り添いながらなら可能かもしれないが、紙芝居のように見せる場合、読み聞かせをするためには、どうしても角度をつけなければならないからだ。

 

これは以前から考えていた欠点で、幼児向けの本は、巻物のような「綴じない」構造の方が向いているかもしれないと思っていた。このBig Bookシリーズは、そのことを突き詰めたかどうかはわからないが、大胆にも綴じない方法を採用している。綴じない一枚の紙を「本」と呼べるのかはわからないが、それゆえに盲点をついた魅力的な見世物になっているといえる。

 

最初からネタがばれてしまっている、と先に書いたが、「おおきなかぶ」という誰もが知っている童話をテーマにした1冊では、横2メートルにも及ぶ巨大なかぶに、虫や鳥など小さな動物が細かく描かれており、一瞬では把握できない発見がたくさん散りばめられているし、同じく「うらしまたろう」には、巨大なウミガメの周辺に貝殻やサンゴなどが散りばめられており、巨大な絵と小さな絵を対比的に描くことで、視点の誘導を行っているといえる。そのあたりのサイズ差とフォーカスがもたらす複眼的な視点誘導による物語の発生が、新たな本の可能性を開いているといえるだろう。

 

とはいえ、そのような細かな指摘よりも、巨大な絵を体験できるという利点が一番大きく、子供たちにとっては最初に見る、触ることのできる巨大な絵になるかもしれない。体験するというのはそれだけ危険をともなうので、紙質には相当こだわったと思われる。子供が乱暴に扱っても、くしゃくしゃにしても復元性があり、耐水性も備えているという。紙は角があり手や肌が切れることもあるので、その辺の工夫は製品としても大事なところだろう。

 

ともあれ、本の可能性をまた一つ開く本が出来たといってもよい。この本を読む子供たちが実際どのような反応をするのか楽しみではある。是非ワークショップなども開催してほしいところだ。ひとまず、本を題材にした、作者と苑田くんのワクワクする冒険を僕も楽しみたい。

 

参考文献

 

shadowtimes.hatenablog.com

 

 

 

アーティスト紹介 「スライドショーの未来形―写真と音楽の新たな出会い」

「PhotoMusic」(音楽自動生成スライドショーシステム)リリース記念スライドショー&トークショー

日時:2016年12月4日(日)16時~18時 
場所:MEDIA SHOP
会費:1500円(1DRINK付き)

 

12/4メディアショップで開催するトークショー&スライドショー 「スライドショーの未来形―写真と音楽の新たな出会い」で上映するアーティストの紹介です。

f:id:shadowtimes:20161114154412p:plain

 

 

■アーティスト名(1)

港千尋(写真家、著述家、映像人類学者)
群衆や記憶、市民などをテーマに、文化人類学的な視点と持ちつつ、世界各地で起こる様々な出来事を文明批評的な考察とともにスナップ写真で捉えることで知られる。写真集の他、批評家として多数の著作を持つ。さらに、2007年、ベネチア・ビエンナーレ日本館のコミッションナー、2012年、台北ビエンナーレの共同キュレーター、あいちトリエンナーレ2016の芸術監督など、展覧会、芸術祭のキュレーターとしても活躍している。

●プロフィール
1960年神奈川生まれ。多摩美術大学教授。写真展「市民の色 Chromatic citizen」で第31回伊奈信男賞受賞。『記憶』(講談社選書メチエ、1997年)でサントリー学芸賞受賞。


■アーティスト名(2)
勝又公仁彦(美術家、写真家)
http://www.kunihikok.com/
多様な被写体のもとで「時間」「光」「場所」「空間」などをサブテーマに、常に写真と映像の構造に触れる作品を展開。日常の中に現象しながらも知覚されることのなかった世界を掬い取ることで、観る者を新たな認識へと誘うとともに、歴史・社会・文明への批評的な暗喩を込めた作品制作を続けている。エネルギーと視覚と文明の問題を提示した《Unknown Fire》。ホテルの室内から、夜の風景を撮影したシリーズ《Hotel Windows》(イタリア語でホテルの部屋はカメラと言われており、カメラの起源である光学装置カメラ・オブスキュラを想起させる)。都市の輪郭としてのスカイラインに着目し、パノラマ状の横長の写真で、新しい都市の俯瞰的イメージを示したシリーズ《Skyline》。電車などの移動体の窓から長時間露光で撮影することで、ストライプ状になった風景によって、時間と移動、速度と知覚の問題を表すシリーズ《cities on the move》。同じ場所を違う年月日で撮影して、写真をつなげることでパノラマ状にするシリーズ《Panning of Days》など、光と時間、都市、風景の関係を様々な方法で表現している。このスライドショーは、「あいちトリエンナーレ2016」の出展作品であり展示会場となる愛知県岡崎市で撮影された。縦位置にて5日間かけて複数の地点から別の日時で撮影され、つなげると横長のパノラマ状になる組写真を、多層に重ねた作品《Panning of Days -Syncretism / Palimpsest-》を元に制作された。

●プロフィール
静岡県県生まれ。早稲田大学法学部卒業。インターメディウム研究所修了。主な展覧会に「写真の現在2 —サイト— 場所と光景」東京国立近代美術館(東京、2002年)「都市の無意識」東京国立近代美術館(東京、2013年)「あいちトリエンナーレ2016」『トランスディメンション—イメージの未来形』岡崎康生会場(愛知、2016年)など。主な受賞に「さがみはら写真新人奨励賞」(2001年)、「日本写真協会新人賞」(2005年)。東京国立近代美術館、世田谷美術館、沖縄県立博物館・美術館など国内外の主要なコレクションに作品が収蔵されている。

 


■アーティスト名(3)
佐久間里美(写真家、アーティスト)
http://sakumasatomi.com/
オーストラリアなど日差しの強い場所に行き、幾何学的で大胆な構成の写真を撮影することで知られる。基本的にはフィルムによる一発撮りで、撮影後の加工は行わない。抽象性が高く、一見何が撮影されているかは分からないが、光や色彩など撮影場所が極めて重要な意味を持つ。長年、西洋絵画の教育を受け、現在は知的障害者の施設で働いているため、写真にそれらの記憶が反映されている。また、禅画の影響を受け、幾何学的な還元をモダニズムではなく、禅の思想に根拠を求めている。近年は、仕事と芸術活動の接点として、オランダ発の知的障害者のためのリラクゼーション設備である「スヌーズレン」をモチーフにしている。

●プロフィール
東京都出身。東京と大阪を中心に個展を開催。近年のグループ展に、「LUMIX MEETS JAPANESE PHOTOGRAPHERS #2」(パリ、2014年)など。サンフランシスコ近代美術館に作品が収蔵されている。

 


■アーティスト名(4)
武田陽介(写真家、アーティスト)
http://yosuketakeda.com/
ストレート・フォトグラフィーでありながら、抽象絵画のような構図や平面性を兼ね備え、それゆえ日常の雑景からやや遊離した雰囲気を湛えている作品で知られる。発表されている作品の全てがデジタルカメラによって撮影されたものであるが、それらは暗室における「光を定着させる」という経験をふまえて制作されており、写真の普遍的原理である「光の現れ」を追求している。被写体の多様性は、そのまま「光の現れ」の多様性であり、それぞれの作品、あるいはそれらの組み合わせには光の反響と増幅、あるいは写真というメディアを俯瞰視する類の特徴を見つけることができる。光学現象の1つである「フレア」を被写体とするシリーズが特に知られており、これらは光を捉える「手段」であるレンズの存在も含めてイメージに定着させるという試みである。

●プロフィール
1982年愛知県生まれ。2005年同志社大学文学部哲学科卒業。近年の個展に、「キャンセル」 3331 GALLERY(東京、2012年)、「Stay Gold」 タカ・イシイギャラリー(東京、2014年)、「Arise」 タカ・イシイギャラリー(東京、2016年)など。サンフランシスコ近代美術館、スペイン銀行に作品が所蔵されている。

 

■アーティスト名(5)
澄毅(写真家、アーティスト)
http://www.sumi-takeshi.com/
自分の家族や友人が写る写真に無数の穴をあけ、逆光で再撮影することで、記憶を光で呼び起したり再創造する作品を制作。家族や友人の身体から光が漏れる写真は、今にも光によって溶けてしまいそうな危うさを感じさせる。作品を創造する一連のプロセスは、澄の伯父が広島に落とされた原爆の被爆者であることも関係している。近年は、パリに制作拠点を移住。写真に無数のスリットを入れて、髪の毛のような波打つ模様を作り、光によって触覚が喚起されるような作品を制作している。

●プロフィール
1981年京都生まれ。2004年明治大学文学部卒、2009年多摩美術大学美術学部情報デザイン学科卒。写真集「空に泳ぐ」(リブロアルテ、2012年)。近年の展示に「lumiére et vous」Galerie Grand E'terna(パリ、2015年)

 


■アーティスト名(6)
中屋敷智生(画家、アーティスト
http://thomyashiki.tumblr.com/
抒情的で幻想的な風景とそれを断ち切るような大胆な虹の絵画で知られる。特に色彩の使い方に特徴がある。積極的に公表しているわけではないが、赤緑色盲と言われる、赤と緑の錐体の感度が重なることで分光がされにくく、主に赤と緑の区別が困難な色弱者である。しかし、絵の具の名前と想像によって、本来識別できないはずの鮮やかで豊富な色彩の絵画を描く。見えない絵を描いているともいえ、虹は見えることの象徴的なイコンになっている。かなりの色相が茶色に見えるはずであるが、画面のコントラストで配色のバランスを調整しているため、たくさんの色をつかっていても不思議と統一感のある画面になっている。虹の7色は見分けられないが、音楽に変換されたとき、その違いは聴覚で把握できるため、新たな色の認識が生まれるかもしれない。

●プロフィール
1977年大阪府生まれ。京都精華大学美術学部造形学科洋画分野卒業。主な個展に、「Surg」KOKI ARTS(2014年、東京)、「Big Day Coming」Gallery PARC(2012年、京都)、主なグループ展に「Dribble」2kwギャラリー(大阪、2016年)、「アブストラと12人の芸術家―HER NAME IS ABSTRA-」大同倉庫(京都、2012年)など。とよた美術展’07審査員賞。

 

■アーティスト名(7)
山本聖子(アーティスト)
http://www.seikoyamamoto.net/
千里ニュータウンという大阪万博(EXPO’70)の会場跡地に隣接する、第二次世界大戦後、最初の巨大新興住宅地に生まれ育つ。都市計画が徹底している住宅街において、身体が拘束・監視されるような経験から、不動産屋の広告チラシに掲載されている間取り図を切り取り再構成して、内側を鏡面にした作品などを制作している。近年は、オランダ、メキシコの滞在制作を経て、都市と身体のイメージを色によって解き明かす作品制作を行っている。
今回の《One day's Music Color》は、住宅街の高層階のベランダからピンホールカメラを定点で設置し、1日24時間の太陽の光の変動を写真におさめ、明るさと色の変化が音楽とシンクロするようにスライドショーで表現した。

●プロフィール
1981年大阪生まれ。2006年京都造形芸術大学大学院芸術研究科修了。主な個展に「色を漕ぐ-Swimming in Colors-」GalleryPARC(京都、2016年)、
グループ展に「AssembridgeNaogya2016」Minatomachi Art Table, Nagoya(愛知、2016年)など国内外多数。2011年Tokyo Midtown Award グランプリ、同年 Rokkoミーツ・アート芸術散歩 公募大賞。

 


■アーティスト名(8)
田中和人(写真家、アーティスト)
http://kazuhitotanaka.tumblr.com/
写真により色彩、形態、視覚を問い直す数多くの抽象作品シリーズを発表している。「写真と絵画や彫刻との関係」、そして「抽象と具象の境界」を探求する表現方法で知られている。モダニズム〜フォーマリズムの成果を批評的に継承し、写真というメディウムの潜在的な可能性を探ることで、今日的な視覚表現を独自のアプローチにより生み出している。 この度、カメラの前に金箔をかざし、金箔の透過光である青の光によって撮影することで、意図的にピクトリアリズムとの接近を図りながら、写真としての光に向き合ったシリーズ《GOLD SEES BLUE 》(2009)、また、画家クリフォード・スティルへのオマージュであり、スキャナー上で複数の色紙を移動させたスキャンデータを元に制作したシリーズ《after still》(2011)を元に2種類のスライドショーを制作した。

●プロフィール
1973年埼玉県生まれ。1996年明治大学商学部卒業後、会社勤務を経て、渡米。2004年School of VISUAL ARTS(ニューヨーク)卒業。主な個展に「pLastic_fLowers」Maki Fine Arts(東京、2015年)など。2011年TOKYO FRONTLINE PHOTO AWARDグランプリ受賞。コレクションにThe amana collectionがある。

 

■アーティスト名(9)
鈴木崇(アーティスト)
http://takashisuzuki.com/
写真メディアを介在させることによって、日常的に目にするものを普段の知覚とは異なる見え方へと再定義し直し、別の認識を与える作品を制作している。
代表作に、食器などを洗うスポンジを即興的に構成し、何百もの幾何学的なイメージを撮影したシリーズ《BAU》や、現象である「影」を構造物のようにイメージさせるシリーズ《ARCA》、一部を除きイメージのほぼ全体をアウトフォーカスで撮影した風景のシリーズ《Altus》などがある。
今回のスライドショーでは、新たなシリーズ《Fictum》のモチーフとして撮影された日本の都市のイメージを、音源のセグメントとして使用している。

●プロフィール
The Art Institute of Boston写真学科卒業後、デュッセルドルフ芸術アカデミーのトーマス・ルフクラス研究生ならびに、トーマス・シュトゥルートのアシスタントとしてドイツに滞在。主な展覧会に、「写真の現在3:臨界をめぐる6つの試論」東京国立近代美術館(東京、2006年)、「これからの写真」愛知県美術館(愛知、2014年)等。作品集「kontrapunkt」をドイツのTRADEMARK PUBLISHINGより、「BAU」、「ARCA」をIMA Photobooksより刊行。

 

■アーティスト名(10)
山内亮二(写真家)
http://www.ryojiyamauchi.com/
主にアジア圏の国々を訪問して、グローバリズムの中で均質化していく都市の根底に隠れている土地や住民の記憶が現れる瞬間をスナップショットで撮影することで知られる。何枚も撮影した写真の中からその瞬間を選び抜き、展示することで都市の記憶を呼び起こす。近年では、世界各地で生成される都市の普遍性や人々の中にある都市像、それを生み出す人間の創造性に着目している。

●プロフィール
1986年岐阜県生まれ。2011年名古屋学芸大学大学院メディア造形研究科終了。主な展覧会に「Steidl Book Award Japan」Tokyo Art Book Fair(東京、2016年)、「Musing in the Land of Smiles」新宿・大阪ニコンサロン(東京・大阪、2015年)、「Quiet River, Seoul」コニカミノルタプラザ(東京、2013年)など。2015年ニコンサロンJuna21、2013年コニカミノルタフォトプレミオ入賞。

 

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