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盗作疑惑をいかに防ぐか?「東京オリンピックとデザインの行方(2)」三木学

tokyo2020.jp

アートディレクターの佐野研二郎氏が制作した「東京五輪エンブレム」について、ベルギーのデザイナーオリビエ・ドビ氏が2013年に行った劇場『Theatre de Liege』のロゴデザインと酷似していると報道されてからにわかに盗作疑惑が起きている。

 すでに、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は「発表前にIOCと共に国内外における商標調査を経た上で決定したものであり、組織委員会としては問題ないと考えています。IOCも同じ見解と承知しています」と声明を出しており、佐野研二郎氏も「報道されている海外作品についてはまったく知らないものです。制作時に参考にしたことはありません」と声明を出している。

http://tokyo2020.jp/jp/news/index.php?mode=page&id=1422

ただ、デザインや法律の専門家、一般の人々を含め様々な指摘がいきかっているので、論点を以下のように整理したい。おそらく、デザイナーにとっても、今後このような場面にあうケースは増えてくるだろう。

 

1、 法的に問題はないか?
2、 誰が責任を負うのか?
3、 なぜ盗作疑惑が起きるのか?
4、 調査体制に問題はないか?
5、 選考過程に問題はないか?
6、 盗作疑惑を避けるにはどうすればよいか?

 

法的に問題はないか?

 今回のエンブレムは選考の後、国際的に類似マークがないか調査された後、商標登録がされている。その中に、『Theatre de Liege』のロゴデザインはなかった。商標権については問題ないといえる。

一方、著作権については別である。著作権は発表した時点で付与される権利であることがベルヌ条約加盟国では認められている。Wikipediaによると「2008年10月の時点で、ベルヌ条約の加盟国は163国」となっており、先進国を含め大半の国が加盟していると考えてよい。したがって、これが盗作であるかどうかに関わらず、著作権侵害と認められたら、民事訴訟において、著作物の使用の差し止め請求や、損害賠償を支払う義務が生じることになる。弁護士などの法律の専門家の見解では、おそらく著作権侵害に当たらないだろう、と予測されているが、著作権裁判は判決が出ないことにはわからない。

 

誰が責任を負うのか?

 もし、著作権侵害という判決が出た場合、損害賠償支払い及び使用差し止めということになるが、改めてオリビエ・ドビ氏と著作権使用許諾契約を結び、使用料を支払うという解決策もあるかもしれない。

裁判における責任主体は、おそらくIOC(国際オリンピック委員会)ということになると思うが、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会も何等かの責任を負うことになるだろう。
では、デザイナーはどのよう責任を負うのか?今回のエンブレムの制作の条件は、「当選作品に対する賞金・エンブレム制作と著作権譲渡対価は100万円(税込)」となっている。ふりかかる責任と比較して制作の対価はあまりに安いと思うが、これはまた別項目にする。
おそらく著作権譲渡をする際、IOC及び東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と契約を交わしているはずである。通常、著作権譲渡契約を交わす場合、著作者はクライアントに対して、著作権侵害をしていないことを約束する条文と、もし第三者の著作物を侵害していた場合、損害賠償を支払う条文が入っている。だから、今回の場合も、著作権侵害と判決が出て、IOCと東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会とに使用差し止め請求及び損害賠償請求が出されたとしたら、一連の損害に対して、デザイナーにも損害賠償の負担を求められる可能性は高い。ただし、著作権譲渡対価が100万円なので、それ以上になるとは考えにくい。
http://www.fashionsnap.com/news/2014-09-19/olympic-tokyo-emblem/

 ※追記:報道によると、JOCにエンブレレムの使用停止を求める書簡が届き、それを東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に転送したとのことなので、被告は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会なのかもしれない。8月3日現在。

東京五輪エンブレム、劇場側から使用差し止め要求文届く:朝日新聞デジタル

なぜ盗作疑惑が起きるのか?

 基本的にモダンデザインの基本的要素である丸、三角、四角及びアルファベットを使用した場合、自ずとパターンが限られてしまうという問題がある。色彩に関しても、白、黒、赤、灰色といったモダンデザインの典型的な配色を利用している以上、類似著作物があってもおかしくはない。

今回、デザイナーの志向自体が、亀倉雄策の1964年の東京オリンピックエンブレムを意識しており、できるだけ構成要素をシンプルにして、同時に差異化しようと考えたようなので、自ずと類似著作物は多くなってくる。
また、亀倉雄策が活躍した1960年代の世界とは異なり、1980年代にマッキントッシュが登場して、コンピュータによるデザインは当たり前のものとなった。特別な技術がなくても、綺麗な円や曲線を描くことができる。日々膨大なグラフィックデザインが世界で同じソフト(正確にはAdobe Illustrator)で制作されている以上、限られた人々しかグラフィックデザインに携わってなかった当時と比べて、類似著作物が膨大に生まれるのは必然といえる。

 

調査体制に問題はないか?

 では、類似著作物を事前に調査することができたか?と言われれば、先に書いたように、量の問題から言って不可能だろう。商標のように著作物は登録されているわけではなく、発表した時点で著作権は付与される。だから、調査している段階で、類似著作物が発表されることだってありえる。

Googleの画像検索を使えばいいじゃないか、という指摘があると思うが、おそらく無理だろう。画像検索の技術は、画像と画像がいかに似ているかのマッチングなので、画像をクエリとして、総当たりで類似度を測っていかなければならない。総当たりをするのは、Googleでも難しい。おそろしくパワーと時間がかかってしまう。また、正確性をきすためには、特徴的抽出など、もっと詳しいデータベースをもってないといけない。それも画像毎に膨大なデータを取る必要があるためまったく現実的ではない。

 

選考過程に問題はないか?

 類似著作物の調査とも関連してくるが、選考過程がもっとも今回の問題であると考えられる。今回、審査委員は「日本グラフィックデザイナー協会特別顧問の永井一正、同協会会長の浅葉克己、インテリアデザイナーの片山正通、グラフィックデザイナーの長嶋りかこ、ライゾマティクスの真鍋大度」を含めて8人とされているらしいが、国際的イベントで税金も大量に投入されていることから考えると、もっと公開性が必要だっただろうし、選考過程に国民をできるだけ参加させるべきだったといえる。デザインはクライアントとの合意形成がもっとも重要である。今回の場合は、クライアントは国民であり、消費者は全世界の人々ということになる。必然、合意形成には細心の工夫をしなければならない。

そうではないと、結果だけ伝えられた国民は、他の作品も見ることもできず、作品が気に入らなかった場合不満だけが残る。その不満はデザイナーや大会組織委員会、審査委員に矛先が向けられる。その証拠に盗作問題が噴出する前からそういう傾向はあった。
商標登録をする必要上、公開性や国民の投票などに制限がある場合、例えば、グラミー賞やアカデミー賞のように、審査委員が3~4程度の候補作品を選んだ上で、さらに、幅広いジャンルから選ばれた100名程度の選考委員が投票する。そして選考後に、候補作品と各作品への投票数を公開し、どの程度の差異があったか示すというような制度はあった方がよかっただろう。そうしたならば、選考委員によって類似著作物を持つ作品が回避されるという効能もある。現段階では、人間の眼や記憶の方がGoogleの画像検索に頼るより信頼がおける。

 

盗作疑惑を防ぐはどうすればよいか?

 先に上げたように、選考過程にある程度公開性をもたせることでずいぶんと盗作疑惑をもたれるような作品は防ぐことが可能だろう。

もう一つ、コンピュータによるデザインがこれだけ普及した以上、幾何学的な処理を行うモダンデザインで類似著作物を防ぐには限界がある。北京オリンピックやアテネオリンピックのエンブレムにはその兆候がすでにあるが、デザインとしては二つの方向性が考えられる。
一つは手描きのデザインである。北京やアテネはそうであるが、手描きのデザインは、比較的類似性を避けやすいと思われる。同じフォントを使用しているという指摘をされることもない。
もう一つは、3次元曲面や、非ユークリッド幾何学的なデザインである。丸、三角、四角というような2次元的な処理ではなくコンピュータグラフィックスなどを利用して、3次元曲面などもっと複雑な幾何学を使えば、それをできる人はぐっと減り、類似著作物も減るだろう。
一方は手作業、一方は高度にコンピュータを使うデザインと両極であるが、グラフィックデザインという限られた条件のデザインは、その両極を特化してできるデザイナーがこれからは求められるのではないかと思う。

その上で、過大な責任を負わされたデザイナーへの対価が100万円では安すぎるということはある。新国立競技場のデザインが、建築というもっと複雑なものであったとしても、十億円以上のデザイン監修料が支払われていることを考えると、あまりに安い価格だといえる。デザイナー自身を守るためにも、選考過程の公開性、民主性などは改善した方がいと思うが、同時に対価についても再度検討すべきだろう。

 

参考文献

 

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

 

 

ビジネスパーソンのための契約の教科書 (文春新書 834)

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