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ビジュアルレビューマガジン

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窓と暗い部屋の歴史-勝又公仁彦×港千尋トークショー「Hotel’s Window」三木学

展覧会 写真 アート 勝又公仁彦 港千尋 トークショー

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現在、大阪の10のギャラリーが連携して、写真関連の展覧会、OSAKA PHOTO WEEKが開催されている。国立国際美術館では、ヴォルフガング・ティスマンズの大規模な展覧会が開催中だ。くだんのOSAKA PHOTO WEEKもティルマンズに合わせたところもあるだろう。

 ティスマンズの展覧会は、日本では2004年の東京オペラシティギャラリー以来になる。今回、国立国際美術館以外は巡回しない予定なので、7月25日から9月23日までの会期中、国内外から多くの人々が訪れるだろう。そのボリュームも桁外れなので、見に来られる予定の人は少し多めに時間をとった方がいいかもしれない。

 

また、堂島ビエンナーレ2015も、堂島リバーフォーラムにて、7月25日から8月30日まで開催されており、池田亮司の巨大な映像インスタレーションや伝説的な前衛芸術グループTHE PLAYが1972年に行ったパフォーマンスの再演インスタレーションなども展示されているので、合わせて見た方がいいだろう。

 

アーティスティック・ディレクターであるトム・トレバーによる「Take Me To The River-currents of the contemporary(テイク・ミー・トゥ・ザ・リバー-同時代性の潮流)」と冠された企画は、川を比喩として今日における「流れの空間性」をテーマにした作品が選ばれており、全体的に洗練された完成度の高い展覧会であると思う。

 

その中で、本町にある橘画廊で開催されている写真家、アーティストの勝又公仁彦さんによる展覧会「Hotel’s Window」に合わせて、写真家・芸術人類学者・あいちトリエナーレ2016の芸術監督である港千尋さんとの対談が7月31日行われた。

 

勝又公仁彦さんは、夜間の長時間露光による作品で知られているが、近年では世界各地の都市の稜線を大型カメラで撮影し、横長に切り取ってパノラマのような形式にした「Skyline」のシリーズでも知られている。「Skyline」は日中の撮影も多いため、夜の写真家というイメージも少しは払拭されているかもしれない。

 

とはいえ、「Hotel’s Window」はまさにホテルの部屋の窓から夜の風景を撮影したシリーズなので、その関心の中心に夜の光があるのは間違いない。このシリーズは、イタリアのホテルに滞在時に偶然に始めたようだが、イタリアのホテルの部屋がCameraと呼ばれることから、写真の起源を遡る試みになった。イタリア語でホテルの部屋がCameraであることを教えてくれたのは我々の先生である畠山直哉さんだった。その授業には僕もいたのではっきり覚えている。

 

トークショーで勝又さんは、まず17世紀の科学者、アタナシウス・キルヒャーの描いた有名なカメラ・オブスクラの図を見せた。オブスクラとは、暗いという意味であり、合わせて暗い部屋という意味になる。暗い部屋に小さな穴を開けると、像が反転して反対側の壁に写される。ピン・ホールカメラはまさにこの原理になる。この光学現象は古代ギリシアのアリストテレスや、中国の墨子を含め、古今東西、いろいろな人が発見しているが、10世紀頃から日食などの天体の観察道具として徐々に進化し、次第に画家のデッサンの補助道具に発展していく。

 

部屋を暗くし、壁に開けた穴から屋外の風景をキャンバスに映してトレースするということも行われていたようなので、まさに巨大なカメラといったところである。その後、移動式の携帯型カメラ・オブスクラが発明され、画家や天文学者が観察のために持ち歩くようになる。それはまさに今日のカメラの原型であるといえる。

 

勝又さんは、窓と写真について、美術史と写真史の先行例を見せながら、歴史的な関係を明らかにしていった。そして、最初の写真の一つであるニセフォール・ニエプスの《ル・グラの窓からの眺め》(1826年か1827年ごろ)に見られるように、部屋から撮影した窓の外の風景は、写真にとって象徴的なモチーフであることを示した。

 

そのような歴史的な文脈とは別に、写真家になる以前の勝又さんの作品ファイルにも、窓からの眺めの写真が多いことを紹介し、潜在的な関心あったことを説明した。モノクロ写真なども多くみられ、写真家があまり見せないコンタクトプリントなども紹介される貴重な機会となった。

 

港さんは、勝又さんの「Hotel’s Window」が撮影した期間が、ちょうど2004年から2015年という写真史にとってデジタル化という激動の時代であること触れ、同時に、LEDの普及よって夜の光自体が大きな変化を遂げていることを指摘した。

 

蛍光灯が戦後に日本で急速に普及し、夜の光が真っ白になっていった日本と比較して、白熱灯を好み赤っぽい光に支配されていたヨーロッパにおいても、ここ最近は、LEDによって白くなってきているという。

 

「Hotel’s Window」は世界各地で撮影されているので、まさに、カメラの原点に遡りながら、人工の光の変化を捉えた作品だといってよいだろう。長時間露光のため瞬間ではないが、そこには光の軌跡が何層にも蓄積されている。

 

実際、勝又さんは、数時間から時に夜が明けるまで、長時間露光をすることがあり、その間、窓の外の光の変化を見ることはできない。撮影の間は外に出ているので、ホテルの一室はまさにカメラと化してしまう。例えば、ポストカードにもなっている、横浜ベイシェラトンの一室から撮影した1枚には中央に雷の軌跡が見える。屋外に出ていた勝又さんは雨が降ってきたが傘を持っていなかったため、お店に長居し止むのを待っていたという。その後、写真に傷が入っていると思ってよく見たら、雷だったそうだ。

 

長時間露光は、人間の眼には見えないことを映す。勝又さんの写真は、短時間では暗い光が長時間かけることで異常に彩度の高いある種、凶暴な風景に変えることを特徴としている。だから、昔は評論家にまでデジタル写真と間違われたことがあるという。夜を昼以上に彩度が高くエッジの効いた風景に変えてしまう。

 

「Hotel’s Window」において、窓の外の微細な光は、層のように積み重ねられ窓自体が発光するような景色に風景が変容している。それは即ち、そこに眠る我々にもまた、光の層が積み重なっていることを表している。

 

夜のカメラ・オブスクラが写す風景は、我々の無意識に沈殿した風景といえるかもしれない。そして、窓の明るさと、部屋の暗さの対比は、夢の中の覚醒であると同時に、情事の暗喩である。「Hotel’s Window」を見た時の居心地の悪さは、窓の外を覗き見ているようでいて、実は室内を覗き見られているという双方向の視線に由来する。

 

まるでフーコー的な視線の内面化であるが、そこには覗くエロスと覗かれるエロスの両方が含まれている。しかし、実際に人はいない。人の気配を感じるのは、我々の心の問題に過ぎない。港さんは、室内の様子が見えるか見えないかの光の加減について賞賛し、勝又さんの作品の持つ意味をはっきりわかっているようだった。

 

8/8まで。
勝又公仁彦展「Hotel’s Window」@橘画廊

橘画廊 Tachibana Gallery | 現代アートのギャラリー。日本のアートを海外にも紹介。