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ビジュアルレビューマガジン

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紅の物語-染色と女性の成長『おもひでぽろぽろ』三木学

 

おもひでぽろぽろ [DVD]

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今や夏休み恒例のスタジオジブリ制作のアニメーション映画が、毎週金曜日にやっている。先週は『おもひでぽろぽろ』だったので興味深く視聴した。スタジオジブリ時代の高畑勲監督作品としては『火垂るの墓』は別格としても、『おもひでぽろぽろ』が一番良くできた作品であると個人的には思っている。

 

今井美樹が声優を演ずる都会に住む27歳のOL岡島タエ子が、小学校5年生の出来事を何度も思い出すことで(おもひでぽろぽろ)、交互に物語が進行していく。タエ子は農作業の手伝いをするために、休暇をとって山形に住む姉の夫の親類の家に宿泊しにいく。その間、5年生の出来事を頻繁に思い出す。

 

小学校5年生とは、劇中に女生徒だけが体育館に集められ、初めての性教育を受けることに象徴されるように、少女から大人の女性へと変わる転換期として描かれている。また、公開された当時(1991年)は、27歳は女性の初婚平均年齢をちょうど過ぎたくらいの歳であり、柳葉敏郎が声優を演ずる、有機農業をしているトシオから「タエ子さんはなぜ結婚しないのか?」という質問をされている(原作の漫画は1987年連載、1988年単行本発刊)。それに対して、タエ子は今は女性も働く時代なので、結婚にこだわない旨の返答をしている。トシオはそれに納得してない風の仕草を見せる。

戦前の初婚年齢の推移をグラフ化してみる(2015年)(最新) - ガベージニュース

 

今ならそんなことを言えば、セクハラであるが、当時はあまり親しい関係ではなくとも頻繁に交わされていた会話だったことがわかる。特に田舎に行けば、都会に出た子供たちは帰省するたびに言われていただろう。その儀式は現在でも残っているかもしれない。

 

つまり、『おもひでぽろぽろ』は、少女から女性への転換期と、独身から結婚への転換期を軸に構成されているドラマなのである。最後に車中において「もう5年生の私なんて連れてこないから」というタエ子のセリフが象徴的に表している。

 

ここまでは通り一遍の解釈だと思うのだが、いわゆる東京以外の田舎を持たない子供が、田舎に憧れて、大人になってから田舎を体験するために、姉の親戚をつてに農作業をしにいく、というのは非常に今日的であるといえる。また、トシオが東京に行けなかった葛藤を乗り越えて、田舎に残って有機農業を始めているというのも、現在の話としても十分通用するし、過疎化と少子化についてもすでに言及されている。『おもひでぽろぽろ』は、バブル経済崩壊前の話だが、戦後に集団就職が行われるようになって以降、こういう事態になることは予想できたことでもある。

 

それにも増して興味深いのは、タエ子が行く「田舎」が山形であり、紅花農家であったところである。紅花は、キク科の植物で、エチオピアからエジプトなどのアフリカ東部が原産地であり、シルクロードの西から東を通って、中国を経て日本には5世紀頃に渡来してきたとされてきた。しかし、しかし、近年の研究ではすでに3世紀には日本に輸入されていたことがわかっている。

 

花自体は黄みの赤であるが、染色したときは紫みの赤である紅(くれない)になる。もともとは呉の国(とその後の呉のあった地域)から渡来した染料なので、呉藍(くれあい)と称されていたが、後に紅(くれない)に転訛した。藍は青系であるが、代表的な染料であるため、染料の総称となっていた。

 

劇中では、黄みを帯びた花が、赤に染まるのは、トゲのある紅花を素手でつまなければならず、たくさんの血をすったからであるという、往時の女性たちの苦労を忍ばせる逸話が出てくる。

 

山形に紅花が伝わったのは室町時代であるが、原産地として有名になったのは江戸時代であり、酒田港より西廻船の航路が確立されたため、京都、大阪などの上方に送られるようになった。染料としてだけではなく、口紅としても使われた。劇中では、金と比較されるほど高価であったため、京女のように口紅にすることができなかった花摘みの女性たちは、残った染料で紅花染めをして、生活に彩りを加えたことがタエ子のナレーションで語られている。

 

以下に、紅花を染料とする代表的な日本の色名のプロットしてみたので見てみよう。

 

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マンセル表色系の色相・彩度図。
2.5RPを中心に、10RPから5Rまでの、やや紫みのかかった赤の範囲に固まっていることがわかるだろう。これがオレンジに近くなると朱色になる。
円の中心に近い色は、左が桜色、右が一斤染め。
中央手前が荒染。中央奥が左から紅梅染、薄紅、今様色。
円の端の左から韓紅、紅、紅色。江戸時代に普及した口紅の色は、紅色。

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マンセル表色系の明度・彩度図。
左端上から桜色、一斤染。
中央左から荒染、紅梅染、薄紅。中央下、今様色。
右端上から韓紅、紅、紅色。
濃く染めるほど、色は鮮やかになるが、明度が落ちる傾向にある。 

薄く染めると、彩度は落ちるが、明度が高くなる。

 

日本を代表する染色家の吉岡幸雄氏の著した『日本の色を歩く』(平凡新書、2007年)によると、紅花は、霧が深い盆地では紅花の赤い色素の多い良質なものが収穫できるという。映画の舞台は紅花の盛んな山形市高瀬地区である。劇中でもタエ子がたどり着いた日に、朝霧の中で紅花が摘まれている様子が描かれている。

 

紅花染めの染料を作る制作工程がかなり綿密に描かれていることからも、紅花が物語に込められている意味が大きいことがわかる。紅花が口紅の原料として使用されているように、女性を表す象徴的な染料であった。しかし、原産地である山形では口紅としては、高価で使用されることがなく、京都などの当時の大都会で消費されるものだった。それは現代においても似た状況が無数にある。

 

女性を象徴する紅(赤)をモチーフとしながら、それが欠落しているという矛盾がそこにはある。小学5年生のタエ子は、生理はまだだったかもしれないが、初恋をしているシーンが描かれている。その後、タエ子の27歳までの恋愛がどうだったか、というエピソードは一つも出てきていない。そこにも紅の不在があるだろう。そして、最後にトシオを好きなっていることを自覚し、東京に帰る電車を降りて、引返す。そして二人は結ばれて、小学校5年生の思い出は去っていく。紅はタエ子の中で昇華したといえる。

 

源氏物語風に言えば、「紫の物語」ならぬ「紅の物語」と言い換えることができるかもしれない。映画公開当時から、男女の関係も社会構造もかなり変わったとはいえ、普遍的な物語だといえる。原作は女性とはいえ、これを監督したのが男性であるということに驚くが、現代の女性はどう見るのだろうか?感想を聞いてみたいものである。

 

ちなみに、今井美樹と柳葉敏郎を声優に起用し、彼らをモデルした動きや表情のリアルに再現するだけではなく、音声を事前にレコーディングしてからアニメを制作するという方法が採用されておりリアリズムが徹底されている。

 

また、劇中に挿入されるハンガリーの歌姫、マールタ・シェベスチェーン擁するムジカーシュの音楽も素晴らしい。ハンガリーの民俗音楽を採取し、再現したり、新たに創作したりしている彼女たちの音楽は、山形の風景を新鮮に見せている。

 

参考文献

 

日本人の愛した色 (新潮選書)

日本人の愛した色 (新潮選書)

 

 

日本の色を歩く (平凡社新書)

日本の色を歩く (平凡社新書)

 

 

日本の色を染める (岩波新書)

日本の色を染める (岩波新書)

 

 

日本の色辞典

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新版 色の名前507―来歴から雑学、色データまで 日本の色、世界の色が見て読んでわかる

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