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ビジュアルレビューマガジン

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夢の指名コンペ「東京オリンピックとデザインの行方(16)」三木学

デザイン 東京五輪

 

 

新しい五輪エンブレムの公募に関して、アメリカのグラフィックデザインの協会から、プロに正当な対価を支払わらず、著作権等の権利を没収するシステムであり、いわゆる無報酬で業務を強いる「スペックワーク」であるため、改善を求めるよう声明が挙がっていることは以前書いた。

米グラフィックデザイン団体、五輪エンブレム公募に苦言 デザイナーの“ただ働き”と対価の低さ批判 - ITmedia ニュース

 

この件に関して、プロのデザイナーは多かれ少なかれ賛同はあるだろう。特にアイディアやデザインに関して、もっとも上流工程で付加価値が高いにもかかわらず、日本においては不当に扱われているといっても過言ではない。クラウドソーシングは、それをシステム化してしまったともいえ、デザイナーからの構造的搾取になる可能性はある。

 

しかし、一方でクラウドソーシングやコンペを使う企業や団体には、デザイナーが主張する、デザインはクライアントとのコラボレーションである、ということが、今までの経験上、成立してこなかったという不信感がある。要するに、一人のデザイナーと永遠、コミュニケーションを重ねても、不幸にして良い結果に結びつかなかったということである。これは、どちらの問題もありうるだけに、一概に善悪を分けることはできない。

 

その中で、クライアントと密なコミュニケーションによって、成功に導いたデザイナーが一流のデザイナーとして活躍しているともいえ、そこには淘汰の仕組みは働いている。クラウドソーシングがまだ無名なデザイナーが、そのようなクライアントと将来的には親密な関係を築く、新しい機会を提供している可能性もあり、結局はデザイナーとクライアントの能力や姿勢によるのではないかともいえる。

 

さて、では今回の五輪エンブレムの公募はどうかと考えた場合、まさに、プロのデザイナーと一義的なクライアント(組織委員会やIOC、JOC)、二義的なクライアント(国民)の間で、コミュニケーションの齟齬が起きた結果、クラウドソーシングともいえる、無名のデザイナーからの公募に切り替わったといえ、まさに、現在のデザイン環境をなぞっているといえるかもしれない。その事実を抜きに、プロの労働力の搾取とだけ主張するのは筋違いというものだろう。もちろん、対価に対しては少なすぎるというのは以前からの主張の通りである。

 

では、一部のプロのデザイナーの主張のように、「スペックワーク」をやめ、すべてのデザイナーにフィーを払う指名コンペにするとしたらどうなるか?おそらく、国民が納得するという条件を満たすデザイナーはいないということになるだろう。なぜなら国民が知らないからである。デザイナーはアーティストではなく、コンシューマーと直接的に向き合っているわけではない。間接的にクライアントを介して付き合っているため、その存在は見えない。デザインを全面的に押し出した商品ならあるかもしれないが、通常、デザイナーが○○だから商品を買うという購買動機はほとんどない。また、中身を変えずパッケージデザインを変えたから商品が売れる場合はあるかもしれないが、それはもともとの商品が良く、以前のデザインや宣伝が悪かったのであって、デザインだけに還元されるわけではない。つまり、デザインだけが消費されることはほとんどないのである。

 

となると、著名なクリエターに依頼することになるだろう。日本で言えば、漫画家になるだろう。他のメディアに比べて、圧倒的に創造力が高く、強烈な消費の競争にさらされており、それだけに認知もされているからである。例えば、宮崎駿や鳥山明、尾田栄一郎、大友克洋がデザインしたエンブレムから選ぶとなったら国民のほとんどは納得いくし、世界中の人も納得いくだろう。期待も高まるかもしれない。彼らは長い間かけ消費者と向き合うことで、国民の信用を勝ち得ているのである。そのような社会的認知のプロセスなしに、不平が出ないようにデザインを選ぶとしたら、公募制にするしかない。最初のコンペが選ばれた時の国民の違和感は、デザイナーの存在を基本的に知らないからでもある。

 

個人的には、デザイナーの不当な評価には反対であるが、非常に公共性があるデザインを選ぶ場合は、公募制のコンペはやむを得ないと考えている。そうでなければ、指名コンペにしたら、1人もデザイナーが選ばれないという結果にしかならないだろう。あるいは、デザイナーが直接的に、消費者と向き合う仕事を作っていき、時間をかけて認知される努力をするしかない。クライアントワークだけで、関係のない多くの人から信用されるのはまず無理だと考えた方がよい。デザイナーはこれからどうすれば社会から信用を得られるのか、正当な評価と報酬を得るにはどのようにすればよいのか、大きな課題が浮かび上がったといえる。