人間は空中の3次元空間を所有できるか?「マンションにおける所有と共有」三木学
かつて俗に姉歯事件と言われる耐震偽装問題が起きたとき、はじめて構造設計者(建築士)という職種があることを知った人もいるだろう。建築を建てる際には、必ず構造的に問題がないか、構造計算を行う構造設計者が要る。基本的に建築を設計する際、デザインを行う意匠設計者と、構造計算を行う構造設計者、設備を設計する設備設計者が組んで仕事をする。姉歯事件が起こる前は、多くの人は1人の建築家がすべてを一括して設計していると思っていたのではないだろうか?
最近では、新国立競技場に関して、ザハ・ハディドの設計したスタジアムのいわゆるキールアーチ問題によって、主に意匠設計を行っている建築家と、複雑な建築構造を計算する業務が異なるということが改めて認識されたと思う。それはいわば、車や家電などのプロダクトデザインにおいて、主に外観のデザインを行うプロダクトデザイナーと、デザインが機能するか確認する設計者の役割分担に似ている。
車や家電のようなプロダクトデザインにおいて、ごく一部を除いて、デザイナーの名前を知っている人は少ないだろう。そういう意味では、意匠設計を行っている建築家の個人名や個性がフィーチャーされる建築業界はある意味特殊だともいえる。
今回、横浜のマンションを巡って、建物が傾いていることが発覚し、手抜き工事とそれに伴う耐震データ偽装が行われたことが報道されている。基礎工事の杭の一部が既定の地盤に達していないにも関わらず、データを改ざんした疑いがもたれている。姉歯事件のような柱の数を間引いたような偽装ではないが、基礎的なデータが改ざんされているため、構造計算も意味がなくなってしまう。
基本的には、建築は外観も景観などを中心に問題になる場合はあるが、構造に関することの方がはるかに問題は大きい。欠陥住宅などの問題は、大半が床が傾く等の構造に関わるものだろう。日本のような地震などの自然災害が多く、地盤が緩い土地においては、意匠よりも構造がはるかに重要であるが、そこまで認識が深まっているとは言い難い気がする。
特にマンションにおける所有は非常に難しい問題を孕んでいる。そもそもマンションは何を売っているのか?というのは一見哲学的な問いかもしれない。3次元座標上の空間を売っているのか、物質を売っているのか、物質を売っているとしたら、その境界はどこなのかー。
今回は自然災害ではなく、建設によって起こった問題であるが、建物が斜めを向いたとき、3次元上の座標は確実に移動する。それならば、物質なのかと言われても、上下左右の部屋との境界線を引くのは極めて難しい。壁の中央で線を引くわけにもいかないし、構造や設備に関しては全体の共有である。つまり、マンションは所有と共有の中間点にある存在なのだといえる。所有と共有が同居しているからこそ、マンションには管理組合があり、合議によって管理や修理をしていかなければならない。
このようなトラブルが起こった時、所有と共有の問題はいっきに浮上し、建て替えるのか、修復するのか、ほどんど出会ったこともない住民の合意が必要となる。それには莫大な時間がかる。われわれがマンションを巡って行っている議論は、住まいの問題であると同時に、所有と共有を巡る問題だといえよう。