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モノクロ写真の創造性「人工知能とモノクロ写真」三木学

jp.techcrunch.com

www.huffingtonpost.jp

 

モノクロームの写真が見る人に及ぼす効果は幾つかある。一つは、カラー写真登場以前のメディアとして、古い時代の写真(1970年以前程度)と認識される。もちろん、カラー写真登場後、さらに言えば、デジタル写真登場後もモノクロで撮影することはできるので、必ずしも古い時代に撮影されたわけではない。とはいえ、表現自体が現代の我々には「郷愁」を感じさせる。

 

もう一つは、存在しない色彩を、脳が補完しようとすることである。この写真が色がついていたら、どうのような風景だったのだろうか?とロマンチックな幻想を抱くことはあると思うが、そのような想像以前に、自分の見たことのある風景や物体から照らし合わせて、ある程度、脳内で色をつけてしまうということはあるだろう。

 

我々がモノクロ写真を実際に彩色することはほとんどないだろうが、昔のポストカードでは、彩色することで、擬似カラーにすることはあった。幾分カラーの風景がリアルになるが、モノトーンの上に着彩しているので多少の違和感はある。しかし、このような想像と手作業でやっていた処理を、人工知能技術の一つである、人間の脳の神経伝達を模倣して推測するニューラル・ネットワークを使って、モノクロ写真に彩色する技術が進んでいる。

 

UCバークレーのコンピュータ科学者、Richard Zhanが開発したこの技術は、今までの中でもかなり精度が高いようだ。それは彼が論文の中で技術比較しているので、一目瞭然だろう。精度の検証実験では、元画像となるカラー写真と、ニューラル・ネットワークが付けたカラー写真と鑑賞者に比較したところ、20%の確率でコンピュータの生成したカラー写真が選ばれている。

 

興味深いのは全く色味が違っても、コンピュータが選ぶ配色にはそれなりの説得力があるということだ。それは多くの写真データから学習をしてもっとも近いと判断した色を選んでいるということも原因の一つだろう。つまり、完璧な再現ではなく、よりありそうな現実が「創造」されていると考えた方がいいのかもしれない。

 

論文の中では、アンセル・アダムスアンリ・カルティエ=ブレッソンなどのモノクロ・フィルム時代の大家の写真群のカラー画像も掲載されている。しかし、多くの人は、モノクロで見慣れた写真作品がカラー化したことに失望こそすれ、感動はしないだろう。

Colorful Image Colorization

 

モノクロの諧調再現をゾーン・システムという方法で追求したアンセル・アダムスも、一瞬の人々の動きを驚くべき完成された構図で捉えたブレッソンも、おそらく色彩が見えていながら、「あえて色を見ない」処理を脳内で行っていたはずである。あるいは、モノクロの状態を脳内でシミュレーションしていただろう。

 

つまり、色がないからこそ完成された写真になる被写体を選んでいるのであり、色がつけば完成度は落ちてしまう。鑑賞者が見た時に起こるなんともいえない失望感は、完成された作品に色という名の泥を塗られたからだろう。しかも、それは正確な色でもない、ありそうな創造の彩色である。

 

これがもし、芸術作品ではない記録写真であれば、色がついた方がリアルな再現になり、有効な情報になりえるかもしれない(ただしどれだけ品質が上がっても創造的なものであり、真実の色ではないだけに危うさを秘めている)。しかし、写真作品では余計なお世話というものかもしれない。

 

だが、このような技術が誕生して初めてモノクロ・フィルムで撮影していた写真家が脳内で行っていた複雑な処理に気付き、そして驚くというのが逆説的で面白い。このような人工知能でモノクロ写真を彩色する試みは、情報を減らすことに異なる創造性があるということが証明される研究でもあるだろう。

 

参考文献

 

 

 

カラー版 世界写真史

カラー版 世界写真史